今まで紹介してきた本の一覧です。
李陵・山月記 (新潮文庫) (文庫)
中島 敦 (著)

古典的叙情溢れる作品集
読む前は中島敦には何となく敷居の高いイメージがあり手に取りづらかったのだが、実際に読んでみると食わず嫌いにならずに済んだことを感謝したいぐらいの気持ちにさせられた。 古典的な叙情と価値観があふれる作品集は、胸に迫って感じさせられるものばかりで、ずっしりとした重みさえ感じられる。 滅亡の美しさや、人によって異なるさまざまな義のありよう、師弟愛や、凡人を遙かに超越した偉人の伝記。 漢文調の格式高い文章と相まってどれも非常に完成度の高い作品となっている。 一つの事に没入していく人間の儚さ、愚かさ、美しさをここまで明らかな形で書き表した作家は少ないのでは? とも思えた。 すこし漢文の素養がいるかも知れないが、丁寧な注釈が入っているので別に読めないわけではない。 ただ、やはりあらかじめあらすじを多少掴んでおくと分かりやすいかも知れない。 それでも、是非とも多くの人に読んでもらいたい、文句なしの名作だと思う。
日本語の絶頂! 若いうちに読んでほしい。
ストーリーは古典に拠る部分が多いので、文章について。 難解な漢字、熟語が頻発する文体は、 漢文の書き下しを想起させますが、 ガチガチの文語体ではないので、 普段から本を読む人なら、中学生でも読めるかもしれません。 辞書は必要となりますが、多くの難解な字は注釈で理解できます。 少なくとも、森鴎外の「舞姫」などよりは読みやすいので、 近代文学を読み始めるための第一歩にも相応しいかと思えます。 最近では、芥川賞受賞作の日本語も怪しくなりつつあり、 このような硬派一直線の日本語こそ、 後世にまで読み継がれてほしいと、個人的に願っています。 この本を紐解けば、失われつつある日本語に再会できるはずです。
例えば紫の木蓮のよう
本をあまり読んでこなかった私にもその文章の美しさが分かります。 例えば、近所の山沿いの畑の近くにある紫の木蓮の大木を見るとき、山の上に浮かぶ冴え冴えとした月を望むとき、芍薬の花の香りをかいだとき、 中島敦の文章が思い起こされます。 香り高くて、声に出して読みたくなります(誰もいないときはつい声に出してしまう)。 こんな美しい文章が書けたら、こんな風に適切な距離を保ちつつも自分の想いを、情を充分に言葉に尽くせたら、日記を書くのが幸せになるだろうな(低俗な考えになってすみません)。 「我が臆病な自尊心と…」のくだりは、私の若いころの悪いところを言い表してくれているようです。 美しい言葉や自分への戒めの言葉を書き写したノートの初めの方に、しっかりと書き込んでいます。
孤高の虎の姿に人の心の闇を見た
いつだったか、澄んだ夜空の涼しげな月を観て「山月記」を想い出した。 中島敦の作品の中ではいちばん好きな作品だ。 「山月記」は音読すると格調高い文章を更に味わうことができる。 漢文調のリズム感ある文体は読んでいて小気味良く、詩的ですらある。 己の臆病な自尊心のために虎になってしまった李徴の姿には、 芸術家(詩人、文筆家、音楽家などあらゆる創作者)の苦悩を見ることができる。 短い物語だが、言いたいことがストレートに無駄なく凝縮された佳作であると思う。 人間の弱さをえぐリ出し描写することで、読者に自分自身を見つめさせる。 ただそれだけのものなのだが、真に心に迫ってくるものがある。 自分の弱さや短所を指摘されることはあまり気分のよいことではないが、 それを確認して受け入れることは大切であると諭されているようだ。 描写される世界の向こうに読者を引き込み、そして考えさせる、 とても純文学らしい作品だと思う。 臆病な自尊心のため、欠点の指摘を惧れて他者との交わりを断った李徴は虎になる。 人との接触を断つ、つまり社会性を失った結果、孤高の虎になってしまうのである。 人はひとりでは生きていけない、とは誰の言葉だったか? 空威張りする人、尊大に振舞う人、格好ばかり気にする人、利己的な人。 人はひとりでは弱いけれど、こういう類の人はその中でもさらに弱い人たちだ。 他者との間に壁を設け、自分の殻の中に閉じこもっていれば、 常に自分が正しい存在であることができる。しかし、それではダメだ。 客観性を得るため、他者と相互につながる(コミュニケートする)ことが必要。 その勇気を持つことで、人は強くなり、より大きな存在へと脱皮できるのだと思う。
宇宙エレベーター (単行本(ソフトカバー))
アニリール・セルカン (著)

新しい世界への扉
科学の本としても さることながら 宇宙レベルまで視野を広げ 日常を見るきっかけになる本です 小難しいことはほとんど書いてなく すらすら読める内容 「最近新しい視点が足りないな」 と思う方はぜひ読んでみてください。
人生を変える1冊(のひとつ)
宇宙論が好きだから、という理由でなにげなく 購入しましたが、途中で止めることができず一晩で 一気に読んでしまいました。感動というような、 薄っぺらい言葉では言い表せないくらい胸の奥が 暖かくなる本です。 科学の本として新しい視点をわかりやすく提供して いるだけでなく、著者が人類や宇宙が持っている可能性を 肯定し信じている思い、縁あっていまのこの瞬間を共有している 存在への愛が、やさしい言葉でつづられています。 この本に出会うことは、人生を変えるきっかけに なるかもしれません。 「場所こそ違え、旅の手段こそ違え、古代から、僕たち 人間は同じ方向を向いて、同じ目的地に旅をしている のではないだろうか?」(139ページ) 夏休みにぴったりの本です(やめられなくて寝不足に なることも必至ですから)。お勧めです。
女の子が夢中になれる宇宙の本
 次元?宇宙?科学? 「とても難しい専門書?」と思って手にした本でしたが、 読んでみると、日常生活の身近な例を元にとても分かりやすく書いた 本でした。  大きな大きな宇宙の中で、長い長い歴史の中で、 ほんの一瞬のはかない命を持って生まれた自分が 宇宙の果てまで、過去の過去、未来の未来まで 旅に出たような、そんな気持ちになりました。  科学の本である一方で、これは哲学の本であると感じた1冊。 今までとは違った大きな視野で自分自身、自分の環境をも見つめ直す きっかけをくれた一冊です。 著者の遊び心たっぷりの文章もなかなかお茶目。 ニヤニヤ笑いながら読める科学の本なんて、他にあるでしょうか?
スピリチュアル系の本? いいえ、トルコ人宇宙物理学者によるファンタジックな物語です。
著者は、ドイツ育ちのトルコ人宇宙物理学者。 宇宙、時間、次元、古代史、原子などの専門分野の話を、 著者自身の半生のエピソード(中学生時代に実際にサッカーフィールド一面を使った巨大なタイムマシンを作った話とか)にからませながら、 小学生高学年レベルにもわかるように「お話し」してくれます 。が、決して「理科」の本ではありません。理系、文系の枠を超え、人間としての感性、創造、愛の大切さを語る心優しいファンタジー本です。 子どもにもぜひ薦めたい本ですし、そして大人が子どもの純粋な好奇心を取り戻したい時に手を伸ばすのにうってつけの本です。
タイムマシンをほんとうに作ろうとした少年の話
トルコ人初の宇宙飛行士候補、セルカン博士が日本人向けに本を書いてくれました。 本を読むまでこの人のこと全く知らなかったけど、世の中には結構すごい人がいるものである。 トルコのアルペンスキー代表選手で、建築と宇宙物理学界のホープでもあって、マルチリンガル。 シュメール語も出来るんだっていうからびっくりするじゃないか。 宇宙エレベータを世界で真剣に研究している人がたくさんいるという話 (宇宙行きのエレベータを作ると、スペースシャトルを飛ばす費用が何百分の一かに削減できるらしい)もびっくりするが、 15歳のときに友達13人とタイムマシンを作ろうとしたという話が傑作である。 大きな電流を起こすために、4km分くらいの銅線を拾ってきて、サッカー場の周りに巻きつけて、 弟をタイムトラベルさせようとしたそうな。お馬鹿な企画だけどやっている当人たちは真剣そのもの。 報道陣などなど、観客も600人くらい集まったって。はっきり言って、そんなんでタイムトラベルできるはずがないのだけれども、 それを中学生にやらせてやろうっていう周囲の理解が素晴らしいよね。お馬鹿なことでも真剣にやればかっこいい(とぼくは思う)。 そういうことを子どもに伝えられる大人になりたいじゃないか。
宇宙へのロマン
タイトルは宇宙エレベーターですが、話題の中心は宇宙エレベーターではないこの本は、子供の頃に持っていた宇宙へのロマンを思い出させてくれました。 次元の話や、量子論など、学問として考えると非常に難しい頭のいい人だけしか入る余地のないような世界の話を、 セルカン氏はわかりやすく、面白く、セルカン流に伝えてくれます。 この本を通じて与えられた好奇心を大切にして、個人的に宇宙について追求してみようと思います。








11分間 (角川文庫) (文庫)
パウロ・コエーリョ (著), 旦 敬介 (翻訳)

なるほど、世界のベストセラー
我々はこの人生で、どの瞬間をとっても、片方の足を御伽噺に、もう片方の足を奈落において生きている 人生はときに、きわめて貪欲だー人は何日も何週間も、何ヶ月も何年も、新しいものを何一つ感じずに過ごすことがある。 ところが、一度ドアが開かれるとー開かれたわずかな隙間から本物のなだれが突入してくる。 ある瞬間、ひとはなにも持っていなかったのに、次の瞬間には持ちきれないほどのものを持つことになる。 サドいわく「私たちは自分自身の限界を見つけたときに始めて自分を知ったといえる」というのだが、たしかにそうだ。 しかし、間違っているともいえる、なぜなら、自分自身について全てを知らなくてもいいのだから。 なるほどなあ〜〜と思った作中の文章であります。
アルケミストよりもピントきたのはわたしダケ?
出張の時に上野の駅中の書店で見かけて何気なく買いました! 読み始めると、ドンドンと引き込まれるストーリーで、 洋書にもかかわらず、思わず本にのめり込んでしまいました! 女性が主人公でSEXについてこんなにまじめに書いた本は、 今まで読んだことがありませんでした! その後、10回位英語で読みました!おかげで英語力もついたかも! それから日本語訳も見つけたので読みました! 気に入った話しは何語で読んでも面白いのです! このお話は以前に読んだアルケミストよりも好きです! とくに大人の女性にはぜひともおすすめの一冊です!
なぜ11分間のために人々はここまで翻弄されるのだろうか?
ブラジル娘マリーアがダンサーとしてスカウトされスイスへ。ひょんなことから娼婦となり、客の画家との恋を成就させるハッピーエンドな女の半生。 こう書くと通俗的だが、これはブラジル娘のカラダとココロを通して“セックスとは何なのか?”を深く考える作品である。 “11分間”とはセックスに費やされる所要時間のことなのだ。なぜ11分間のために人々はここまで翻弄されるのだろうか? ブラジル娘が青春特有の天邪鬼から初恋に破れ、その美貌から雇い主を手玉に取り、やっと取った有給休暇のコパカバーナでダンサーにスカウトされ... という序盤のあっけらかんとした感じがとてもいい。日本の女子高生やOLも共感しきり?の行動と心理が描かれている。 娼婦となってからのマリーアは、したたかであり、冷静にセックスを捉えている。 個人的には、“男は女のカラダをまったくわかっていない”という結論で良かった気がする。 主人公マリーアが実際に画家と恋に落ちてしまった瞬間から、セックスは観念的で哲学的なものに変容してしまう。 マリーアは最後の最後まで抵抗し、それを認めない意志を示すのだが、結局はありがちな“セックス=愛、幻想”に着地してしまう。 序盤、中盤のセックスの描き方、捉え方が新鮮なだけに、この終わり方は腑に落ちない。 それにしてもこの小説、名文句数知れずである。 「(男は)殴ったり、大声を出したり、脅しつけたりするかもしれないが、実際には女を死ぬほど怖がっているのだ」 「セックスというのは、コントロールの喪失をコントロールする術のことである」  “11分間”に関心のあるすべての人になんらかの意識の変化、インパクトを与える作品だと思う。
大切にしたい本
孤独で美しい風俗嬢が運命の人に出会い堕落した生活から救い出される そんなシンデレラストーリーだと思いこの本を買った でもこの物語はそんな幻想よりも私に現実を、そしてささやかな夢を見せてくれた ストーリーそのものよりも主人公の思考に魅力があり共感する事が多かった 作品のテーマは性についてなのかもしれない だが物語を読み感じるのは生きるという事、愛、孤独、大切な何かについて 読み終わったあと、泣きたいような、胸が痛いような、不思議な幸福感が私を包んだ たくさんの女性にこの本を読んでほしいと思う
ふかい・・・
夢を抱いて異国の街で娼婦になってしまった若きブラジル女性の、苦悩と葛藤と愛を描いたお話です。 『性とは、愛とは何か?』という人間の、古今東西変わらぬ疑問を、主人公の視点から描いています。 著者のパウロさんが、様々な女性からインタビューしたことを元に書かれているそうで、非常にリアリティに富んだ内容になっています。 娼婦を続ける事への葛藤、愛に対する絶望、金銭に対する欲求、そんな様々な思いが正直に描かれていて好感を持ちました。 主人公のブラジル女性が、本当の愛をみつけていく過程に感動をおぼえました。 ラストは必見ですよ。
そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
アガサ クリスティー (著), 清水 俊二 (翻訳)

横溝正史に影響を与えた、クリスティーの最高傑作!
マザー・グースのメロディに沿って次々に起こる連続殺人を扱った本 書は、上質な心理サスペンスが味わえる第一級のミステリー作品 で、アガサ・ク リスティー作品中のみならず、ミステリー作品中の最 高傑作である。 本書が発表される10年前の1929年、ヴァン・ダインが先んじてマ ザー・グースのメロディによる連続殺人を扱った『僧正殺人事件』を 発表している。その中で扱われたマザー・グースは、「誰が殺した コック・ロビン」「ハンプティ・ダンプティ」など数こそ多いものの、逆に 言うと統一性がなくバラバラで、そのため読者には次に何が起きる かの予想がつかないためサスペンス性に乏しい。 これに対し、本書では「10人のインディアン」というひとつの唄を通 して全ての殺人を行っており、孤島という密閉空間の中で次に何が 起きるかをある程度予想させることで逆にサスペンス感を盛り上げ るという点で、本書の方がマザー・グースが持つ不気味さと残酷性 を遥かに効果的に使用しており、『僧正〜』を凌ぐ出来映えとなって いる。 なお、エラリー・クイーンも同じ構想の作品を考えていたが、クリス ティーに先を越されたため断念したとの逸話も残されている。(エラ リー・クイーンはその後『靴に棲む老婆』でマザー・グース殺人を描 いているが、その中で「そして誰もいなくなった」という見出しの章 があるのは、その名残だろう。) また、本書を読んだ横溝正史は、これをきっかけに『獄門島』を執筆 するに至ったと、『真説 金田一耕助』の中で述べている。
ミステリー作品の金字塔
このレビューの作者: And Then There Were None (Detective English Readers) (ペーパーバック) U・N・オーエンと名乗る人物から無償でインディアン島に招待された10人の男女。 晩餐時にテーブルに集まった彼らの耳に突然レコードの音声が流れる。 その音声は、招待客たちの秘められた犯罪の秘密を1人1人暴き立てるのだった。 そして晩餐時に第1の殺人が起こる。その殺人は、部屋にかかっている額縁のなかに書かれたマザーグースになぞらえていた。 テーブルの上に飾られていた10人のインディアンが1人姿を消すと共に、1人、また1人と犠牲者が増えていく。 ・・・マザーグースの歌詞通りに進められていく殺人事件。 10人それぞれの闇に葬られていたはずの暗い過去。次に殺されるのは誰か。そして犯人は誰なのか。 緊張感高まる文体にぞくり、ぞくりと静かな恐怖感を掻き立てられました。 殺人の描写より、お互いが犯人ではないかと疑い始め、本能をむき出しにしていく人々の描写が何より恐ろしく感じました 。人間の奥底に潜む暗い部分が暴かれ、刻一刻と完全犯罪の歯車が回り始める。 怖くてどうしようもなけれど、それでもページをめくってしまうのが止められないほどの面白さ。 その緊張感が衝撃的なラストによってもたらされる驚愕に変わった時、 なぜこの作品が書かれて60年以上経った今日も世界中で愛されているミステリーなのか、やっとわかりました。
一生に一度の衝撃
本格ミステリの原点であり、未だに世界中のミステリ作家に影響を及ぼし続けている、古典中の古典。 本書のプロットを基軸に書かれたミステリ多数。本書へのオマージュとして書かれたミステリ多数。本書をパロディ化して書かれたミステリ多数。 この本を読まずしてミステリを語る事なかれ。 ということで、僕も本格ミステリファンの端くれとして何度も繰り返し読み返してきた本書ですが、なんと言っても思い出されるのは「出会い」のときの衝撃。 初めてこの本を読んだのは小学校4年生の頃でした。家族で旅行に行った帰り道、旅先で買っていたこの本を車の中で読み始めました。 もともと僕は車に酔いやすい子供だったので、車の中で本を読むなんて普通はありえないことで、 このときも最初の数ページをちょっと眺めてみるつもりで読み始めたのですが・・・。 読み始めてすぐに小説の世界に引きずり込まれた僕は、最初の数ページを過ぎても一向に読むのがやめられません。 次のページまで、次の節まで、次の章まで、、、と、どんどん読み進めてしまい、なんと気づいたら家に帰り着く前に読了。 そして驚くべきことに、これだけ集中して本を読んでいたにもかかわらず一切車酔いをしていなかったのです! この衝撃の「出会い」以来、僕は車の中で本を読んでも全く車酔いをしない体質に変わりました(!)。 体質すら変えてしまう、これほど大きな影響(笑)を自分に及ぼした本は、そうそうありません。 ミステリの世界へ誘ってくれた大切な本であるとともに、いつでもどんな場所でも本を読める体質にしてくれた貴重な本でもあります。 僕にとっては一生ものの作品のひとつです。








幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341)) (文庫)
アーサー・C・クラーク (著), 福島 正実

今なお色あせない
人類が宇宙へ進出しようとした時、地球外知的生命体“オーバーロード”の宇宙船が空に現れる。 以後圧倒的な知力と科学力を持つ“オーバーロード”に導かれ、人類は戦争も飢餓もない黄金期を迎えるが…… 発表から50年を過ぎた現在でさえ色あせない素晴らしいSF作品です。 まず、前半では異星人“オーバーロード”たちは姿を見せないまま人間達の文明を導いてゆきます。 彼らはどんな姿をしているのだろう?人型?それともグロテスクな怪物?また彼らの目的は? 読者は登場人物たちと一緒にドキドキしながら、彼らの正体をあれこれ想像しながら読み進めることでしょう。 そして後半、“オーバーロード”が姿を表し、さらにその真の目的が明らかになり、読者は「幼年期の終り」というタイトルの意味を知る事となります。 まるで精緻なからくり人形のように読者に知的興奮を与えてくれる作品。オススメです!
SF哲学書
究極の生物とは何か?人類の生存意義とは何か?人類にとって宇宙とは何か? という人類永遠のテーマに、アーサー・C・クラークが独自の解釈で答えを出したような作品。 「2001年宇宙の旅」の概念をもっと宗教的・哲学的にしたような内容。 大国間の宇宙開発競争真っ只中に宇宙から突然現れ、世界を平和に支配を始めた超生物異性人「オーバーロード(上主)」。 戦争も飢餓も貧困も一掃され、一世紀の間人類は平和を謳歌していたが、「オーバーロード(上主)」の真の目的は、自分達より上の存在「オーバーマインド(主上心)」の意思を受け、人類を更に進化させる為の手助けをする事。 そして、更なる進化に目覚めた人間の子供達の変貌、地球の運命は・・・ わくわくどきどきする物語である。 ここでいう「オーバーマインド(主上心)」は「宇宙意思」または「神」と置き換えてもいい。 そして、「オーバーロード(上主)」の正体と悲しすぎる運命とは・・・ 50年ほど前に発表された作品で、随所に古臭さはあるものの、物語を貫くテーマは今の視点で読んでも感動する。 一読をお勧めしたい。
おもしろくてdisturbing
このレビューの作者: Childhood's End (マスマーケット) 決して楽観的に書かれているわけでもなく、少しグロテスクなところもありますが、彼の描く人類の新しい進化の可能性は、 魂が、宇宙向こうまで膨張するような、果てへの焦燥を感じさせます。 私たちはこんなちっぽけな世界からさえまだ離れられないなんて…。 クリスチャンで、SF好きだというアメリカ人の友人の一人が、この本を「おもしろいんだけど、”most disturbing and depressing” 」といって貸してくれました。 いくらフィクションといえども、こういった人類の存在の根底を問うような内容の本は、おもしろくも揺さぶられる怖さがあるのでしょう。 物語の中盤で明らかになる宇宙人の正体についてや、その他にも多少、時代の古っぽさを感じさせるエピソードなどがありますが、 それはそれで興味深く、英語も平易で十分楽しめました。この本と似たようなコンセプトはその後の「2001年 宇宙の旅」や 「2010年」などのシリーズでも描かれていきます。前後にこれらの本も読むとなお、おもしろいと思います。
追悼
突然現れた宇宙船によって、人類は孤独ではない事を知る。 オーバーロードの統治によって幼年期が終わり始め、徐々に変質していく社会と人類。 自分の拙い表現力ではこの作品の魅力を言いあらわすことは出来ない。 クラーク氏の作品はいわゆる設定や事象など、世界観で魅せる作品と言うよりも 底流に時代の移り変わりと関係なく存在する人間に対する普遍的なテーマがあった。 それが、今読んでも古さを感じさせない(もちろん、設定の古臭さは若干あるにしても) 理由なのでは無いかと思う。 衛星通信の原理について最初に論文を発表するなど、自身が優れた科学者であり、 SF作家であった氏は何よりも先ず優れた語り部であった。 彼の紡いだ物語によってどれほどの人間が影響を受け、後の社会を変えて行ったのか、 見当も付かない。 もう人類が氏の新しい物語に出会うことがもはや無いのがとても惜しまれる。
もはやSFというより文学として凄い
SFとしてだけでなく、一般的な文学作品として見ても優れている。クラークの最高傑作として選んでよいと思う。 人類の精神進化、しかし進化したのは子供たちだけ。残された親たちは、進化を遂げた子供と共通のコミュニケーション手段すら持てず、悲しい結末をたどる。 クラークはその様子を、戦時下に不思議と悲しげな顔もせず列車に揺れて遠地に疎開していく子供たちの表情で例える。 重要なキーワードとなるテレパシーなどオカルトっぽい内容をもサイエンティフィックな見地で反感なく仕上げるところはさすが。 この作品で惜しむらくは前半の凡庸さである。後半のぞくぞくするような切れ味と比べたらなんとも退屈だ。 ここを我慢して読み超えればラストの何とも言えない感動を味わうことができるだろう。
SFが到達した最高のMasterpiece。
星の数ほど出版されているSF小説。一等星もあるし、瞬く粒の様に見える星もある。 その中に、天文学者(SFファン)の注目を集め、今もなお、羨望の眼差しを向けられている、天体。 それが本書。物語は最後の残された一つへ収斂してゆく。結末は、深遠と久遠が支配する、言葉を喪う終末感...。 クラークの原点がここにある。Masterpiece。
タイムマシン (角川文庫) (文庫)
H.G. ウェルズ (著), 石川 年 (翻訳)

時空を超えることの出来る機械「タイムマシン」を発明したタイム・トラヴェラーは、80万年後の未来世界に飛ぶ。そこで見た人類の変わり果てた姿に、彼は衝撃を受ける。80万年後の世界、それは知力、体力が退化した地上種族・エロイと、エロイを捕食し光を恐れる地下種族・モーロック、この2種族による原始的な階級社会であった―。最新のVFXによって完全映像化されたSF小説の金字塔「タイムマシン」を含む、ウェルズの傑作短編集。
タイムマシンに関してのみ書きますね。
H.G.ウェルズ。イギリスの彼の家にも訪れて写真を撮って来ました。つまりそれだけファンだということなんですが、 やはり彼の作品の中では、この"タイムマシン"が一番出来が良いと思う。 これが彼の習作だったこと、そしていわゆるデビュー作だったことが信じられるかというと本当にそれは驚くべきこととしか言いようが無い。 映画は新旧二つとも見たが、両方ともこの原作の持つ優雅さや、哲学的な深さ、そして繊細な洞察力を反映させることに失敗していたと感じている。 彼は要するに社会主義者であった。労働階級とブルジョワ階級が対立をこのまま深めて行くといったい将来はどうなってしまうのか、それを予見していたのである。 まあ、ある意味で現代社会でもその予見は当たっているとは言える。貧富の差は日々激しくなってきており、競争社会はその激しさを増している。 既に彼の予見した世界はやってきてしまっている。その意味では"猿の惑星"にも似た、嫌世的な考え方が濃厚なのだ。 ウィーナとの淡い恋に似たようなもの。そして、タイムトラベラーが持ち帰った2つの可憐な花。悪夢とはかない希望。
子供から大人まで・・・タイムマシン
小さい頃、初めて自力で読んだのがこの『タイムマシン』でした。そして、中学から、になって『タイムマシン』が映画化されたので、そのついでに買いました。 この本は、ウェルズSF短編集の1部となっていますが、本の中の半分近くは『タイムマシン』になっています。全部で7つの物語が詰まっているこの本。 全部が全部面白い話でした。 『タイムマシン』以外は1つ1つが短い話なので、子供でも楽に読むことができると思います。 それに、映画タイムマシンとは、結構違うストーリーになっているので、大人の人で、映画とはまた一味違うタイムマシンと味わうのもいいかもしれません。 とにかく、おすすめです!
小説の最高峰
あまりに有名な作品。 これを子供の頃に読んだ衝撃は未だに忘れられない。 子供の頃はタイムマシンと言う機械そのものに興奮したが、今になってみると、この人は本当に物を知っている人だなぁというのが分かってくる。  文明が進歩しすぎて怠惰な動物に変わり果てた人間、文明に管理される人間。  当時の風潮、環境から今の時代を明確に暗示している。彼なりの知識から裏付けを取ったのだろう。  加えて、彼は空間表現が本当にうまい、書いてる途中に彼の中では三次元が浮かび上がってきているのだと思う。  文句の付けようが無いこの作品、特に彼の天才を感じ取れるのは遥かな未来世界で化け蟹に襲われるシーン。 このシーンだけでもこれを読む価値はある。
余命1ヶ月の花嫁 (単行本)
TBS「イブニング5」 (著)

命の重さ、「生きる」ということへの感謝……
難病ものというのは、出版者側に「泣かせてやろう」という意図が見えることがある。 しかし、超ロングセラーになっている「1リットルの涙」やこの本には、それがない。 理屈抜きで、「余命いくばくもない」と宣言されてからの主人公と、その周囲の人たちの気持ち、 覚悟…………、「感動」というより「感謝」という言葉以外に適当な言葉が見つからない。 ただ、つらくて悲しいだけではないのだ。 生きる勇気、命の主さのようなものが伝わってくるのだ。 「胸がなくても髪がなくても、千恵が千恵であればいい」と彼女を選び、 迷いながらもそれに応える。そして「余命一ヶ月」と告げられて37日目に亡くなる。 それは悲劇ではあるだろうけど、 この本を読んだ人が「何か」を感じてくれたら、 彼女を支えた人も、そして逝ってしまった千恵さんも、きっと満足だろう。 そう思う。 私自身、うつ病を長くひきずり、何度も「死」を考えた。 生きているより死んだ方がラクだ……そう思ったことも二度や三度ではない。 しかし「うつ回復」「うつ体験談」の本とは別の意味で、生きる勇気をもらった気がします。
一日一日奇跡の日々を
この本の内容は、テレビで放送していた内容よりはるかにリアルに綴られているため、 感動もはるかに大きいものでした。 いろいろ考えさせられましたね・・・。 果たして自分はここまで人を愛することができるのか?、また愛されているのか?。 人に誇れる生き方をしなければと思わされました。 生きたいと強く思いながらも 若くして命を落とされた方に対し、恥ずかしくないように、また一日一日奇跡の日々を 大切に生きていこうと強く思いました。 生まれて初めて心を動かされる真実に出会いました。
余命1ヶ月の花嫁
TVでも見たのですが、この本を読んで更に感動しました。 最初から最後まで涙なくしては語れません。 これは本当にあったお話。 千恵さんの残した生きた記録。 映像や写真の千恵さんはいつも笑顔で溢れてました。 「みなさんに明日が来ることは奇跡です。 それを知ってるだけで、日常は幸せなことだらけで溢れてます。」 この言葉で衝撃を受けました。 毎日が奇跡の上で成り立っているのだと改めて思いました。 本当の幸せって何? そう考えさせられる内容です。
花嫁の決断に敬意を
余命1ヶ月で、記事にしてもらおうと決断した花嫁に敬意を表したい。 しかし、悲しくて、半分までも読めなかった。 あまりにも過酷な現実。 どうしてもなんらかの形で自分の命の履歴を残そうという意志。 自分ではそういう決断はできないだろうと思う。 決断をした花嫁に敬意を。 自分の命の履歴を残そうちう意志を、多くの人が読むことが供養になるのだと思う。 それでも、自分は最後まで読めない。
心に迫る一瞬一瞬の命の軌跡
昨年、テレビのドキュメンタリーで千恵さんのことを知りました。 何て言ったらいいか、もうやりきれない思いで涙が止まりませんでした。 もちろんこの本を読んでも。 千恵さんは長いことお父様と二人暮らし、そしてそのお父様からたくさんの愛情を 受けて育てられたことが十分に伝わってきました。 愛されて育った千恵さんは周りの人々を愛し、周りの人々も千恵さんを愛する。 そんな愛情に溢れていた千恵さんに病魔の宣告。 どんなに千恵さんが辛かったか、周りの人々が辛かったか、痛いほど伝わってきます。 恋人の、「(病室で)毎日何してるの?」の問いに「生きてる。」と答えた千恵さん。 この「生きてる」という言葉が、こんなにも重く尊く感じたのは初めてでした。 まず、私達は生きている。生きているからいろいろな希望や夢を持つことができる。 生きていることに感謝。 いや、私達は生かされている。だからこそ周りに感謝の気持ちを忘れずにいたいと、 そんなことを考えさせられました。 千恵さん、ありがとう。
自分も「心を奪われた一人」です
テレビのドキュメンタリーを以前見たこともあり、ずっと気になっており先日購入しました。届いてからすでに何度も読み返し、 そのたびに涙が溢れてしまいます。生前のとても可愛くて素敵な千恵さんの写真も掲載されており、まさかこの数年後には…と考えると、 ますます涙が出てしまいます。自分も、支えてくれている皆も、あたり前のように生きていて、当たり前に普通の生活が送れているのはたまたまの偶然であること、 いつかはこの「当たり前」も終わりがくること、この偶然に感謝する事…。 「泣かないで頑張る」という強さと、「生きたいよ…助けて、怖いよ」と愛する人に伝える辛さ…。千恵さんのがんと必死に戦う姿や周囲の皆さんの支える姿が とても心を打ちました。本当に、奇跡が起きてほしかった。 長島千恵さん、お会いしたこともないけれど、自分も千恵さんの一生懸命な姿に生きている事の素晴らしさ、 ありがたさを改めて教えられました。ありがとう。 ずっと大切にしたい一冊です。
*本編215ページ、あとがき5ページ、写真が掲載されたカラーページ4ページ(生前の元気な千恵さんの写真や、闘病中の千恵さんの姿、教会での 「結婚式」の写真が掲載されています)
本書には数多くの尊いメッセージが盛り込まれている!
本書は今年最初に書店で購入した本だった。帯には「24歳で亡くなった」と記載されていた。 今年34歳になる私にとって、自分よりも10歳も若くしてこの世を去った彼女が何を考えどう生きたのかを率直に知ってみたいというごく単純な理由から購入した。 2時間足らずで読み終えた。しかし読んだあとすぐに本棚に入れることにはなぜか抵抗があった。このレビューを書く気にもなかなかなれなかった。 本書の内容を一言で表現することはできない(「感動」するという表現が果たして適切なのかどうかも分からない)。 生きること・愛することの意味、病気と闘う強い意思は十二分に感じた。 しかし、「明日が来ることは奇跡」(215頁)という彼女が残した言葉の意味は私にはよく分からない。 その意味することがあまりにも「深い」からである。「明日が来ることは当たり前」と思っている私(たち)には当然といえば当然かもしれない。 彼女が残したこの言葉をこれからも自分なりに噛み締めながら生きてゆきたいと思っている。 彼女は最後までガンという病と闘った。最後まで決して諦めなかった。本当にすごいことである。 「何もしないことはすなわち病気に負けることを意味した。 毎日『がん患者』という肩書きをぶら下げて生きるわけにはいかなかった」(197頁)という文章に彼女の本音が凝縮されている。 本書には大きな反響があったそうであるが、是非これまで以上に多くの方に読まれることを切望したい。むろん老若男女を問わず、である。 当たり前のように思っていたことが「奇跡」であることを教えてくれるだろう。
死神の精度 (文春文庫 (い70-1)) (文庫)
伊坂 幸太郎 (著)

面白い
映画館で予告をみて興味を持ち、読んでみようと思った。伊坂幸太郎先生の作品を読むのは始めてだったけど、これは面白いと思った。 話は6つの短編で、主人公の死神が担当した人間を調査してその人の死の可否をする。その人間に合わせて自身の姿や年齢を変えて現れ、その人を調査するのだ。 最初は淡々と進んでいく印象だったが、読んでいくうちに死神に愛着を持ってしまった。 興味がないと言いながら、それでも1週間付き合う。その理由はミュージックを聴く為。死神はミュージックに夢中なんて笑える。 個人的には「恋愛で死神」の話が1番好き。担当した人間の死で始まり、彼との1週間を振り返る。彼の片思いについて話すシーンが良かった。 死神にとっては何でもない仕事でも、読んでる側には切なさが伝わった。 「吹雪に死神」では連続殺人が起こる。その話によって殺人犯の若者、やくざ、と登場人物も個性豊かだが、それぞれにドラマがある。 後半では過去の記憶として担当した人間の話がでてくるのも飽きさせないのかも。 映画も観てみたいと改めて思った。短編なので通勤中や寝る前のちょっとした時間でも気軽に読めるのでオススメです!
後半、ぐんと魅力が増す連作短篇集
千葉というこの男が現れる所は、いつも雨。ミュージックがたまらなく好きで、仕事の合間にしょっちゅうミュージック・ショップに入り浸っているこの男の正体は、 死神。 クールで風変わりな死神、千葉が出会った人たちの人生のひとコマを描いた連作短篇集。 「死神の精度」「死神と藤田」「吹雪に死神」「恋愛で死神」「旅路を死神」「死神対老女」の、全部で六つの短篇が収められています。 玉石混淆、楽しめた作品とそれほどでもない作品のギャップがかなりあったなかで、バツグンの読みごたえを感じたのが、「恋愛で死神」の一篇。 日記風の一行の出だしの後、一行あけて、その日の出来事を記していくスタイルのしゃれた統一感。 主人公・荻原の最後の日(八日目)から話をスタートさせ、次いで、一日目に話を巻き戻して荻原の日常を追っていく倒叙風の展開の気が利いていたこと。 荻原と古川朝美の人生のレールが近づき、交差する話の味わいが好ましかったこと。など、とても魅力的な作品でしたね。 この話のラスト二頁、204頁から205頁にかけては、「切ない、ええ話やなあ」と、思わず、目頭が熱くなってしまった。 トリを飾る「死神対老女」の話も面白かったな。 印象的な老女の正体がエンディングで明らかになった時、「ああ、あの人がこの老女だったのか」と、作者から素敵なプレゼントをもらった心持ちになりました。 それまでとはがらりと空の色が変わる舞台背景の妙も効果的。上手いもんだなあ。 全体の中での短篇の物語構成の巧みさ、謎解きの醍醐味などについて触れた本文庫・巻末解説の沼野充義の文章も、読みごたえがありました。
短編集の見本のような優れた作品
すばらしい! 優れた短編小説集の見本のような作品です。 主人公は、死神。その死神はこれから死を向かえる人間の資格調査(?)のため 7人の人間に出会う。 そこには、シンデレラ・スト−リ−、ロ−ド・ノベル、本格密室推理など、バラエティ-に富んだ展開が待っている。 さらに、短編らしく意外性がありながら余韻を残した結末が、作者のセンスを物語っている。 そして、最終章では、はっとする展開やすがすがしいばかりの結末が・・・。 キャラ作りの天才である作者の真骨頂である、主人公のディテ−ルも、申し分なく 音楽好きな死神がすこしKYなところがありながらも、作品の雰囲気をかもし出してくれている。 映画が楽しみな一冊でした。
CDショップに集う死神たちを見れるのはこの本だけ。
「死神」を題材にした小説。 この作品の死神は死期の迫った人間の前に降り立ち生死を決めていく。 7日間調査して死ぬべきかどうかを判断するのだが、本作の主人公・千葉(死神)はかなり適当に生死を決める。 人の死に対して全く関心のない彼はCDショップの視聴機でミュージックを聴くのが至上の幸福。 ラジオから流れるミュージック、喫茶店のミュージックなど音楽に眼がない死神。 そんな千葉が出会った6つの物語と男女が描かれた小説である。 本作は「死神の精度」「死神と藤田」「吹雪に死神」「恋愛で死神」「旅路を死神」「死神対老女」 というふうに6つの短編になっている。短編と言ってもどの話にも死神・千葉が登場しているのが特徴。 ストーリーごとに登場人物やシチュエーションが異なっており、 極道同士の抗争のまっただ中だったり吹雪で閉ざされた洋館で起きる惨劇だったりと、死神は時と場所を選ばない。 千葉の担当する人間はみな死期が近いが、その人の悩みや境遇などを聞くことで「可」か「見送り」かを判断する。 「可」だったらそのまま死に、「見送り」だったらそのまま生きることができる。 生死を決める7日間は無情にも死神と人間との最後の交流の時なんです。 この本の最大の魅力は主人公の千葉です。 物事に動じないクールな印象に反して世間に疎くて人の気持ちが理解できないでいる。 しかし6つの話の6人に出会いそれぞれの心情に接していく内に、 人間とはなにか、死とはなにかを考え始める。もちろん読み手の私も考えさせるものでした。 また、テンポのイイ文体と死神ゆえの世間に対する純粋な疑問を述べるシーンは特筆すべきものがあります。 伊坂幸太郎は今まで社会にハズれた人物を描いてきたが本作はその最たる作品だと思います。 最近の小説としてはかなり読みやすく、この小説から伊坂幸太郎作品に入るのもオススメです。 とにかくCDショップに入ってしまう死神のユーモラスな描写がとっても親近感が湧く素敵な作品。
思わず声が漏れるラスト
05年06月刊行の単行本を文庫化した6編の短編集です. いきなりはじまる物語にやや戸惑いながらも『死神』である主人公, そして彼らの担う『役目』に,あっという間に引き込まれていきます. また,他作品では鼻につくこともある著者特有の洒落た言いまわしが, 本作では,死神という現実離れした存在,物語をとおされかなり印象的. ほかにも,たまに噛み合わない『人間』との会話がとぼけていておかしく, それでいて,どこか人間へ向けた皮肉にも感じられ,チクリとさせられます. それぞれの編はバラエティに富んでおり,彼の関わる人間たちもさまざま. キチッと締まるというより,ぼやけたままおわっていくものが多いのですが, 物語のこれまでやこれからに思いをめぐらせ,余韻をじゅうぶんに楽しめます. そして『物語』がラスト迎えるとき,思わず声が漏れる『物語』がまたそこに. 収録作のすべてが既発(雑誌掲載ぶん)で,書きおろしがないのが残念ですが, 不思議な死神の存在,そして自分の人生まで考えてしまう,おすすめの1冊です.
存在の耐えられない軽さ (集英社文庫) (文庫)
ミラン クンデラ (著) 千野 栄一 (翻訳)

最後まで一気に読んでしまう魅力的な小説
「存在の耐えられない軽さ」。面白いタイトルだ、そう思い映画を見た。ユニークな話だったので、原作はもっと面白いに違いない、そう思いこの本を買ってみた。 果たして、原作の小説はもう「見事」と言うほかない素晴らしさである。 ミラン・クンデラは小説を音楽のように書こうとしているようだ。何も美しい文章で書こうとしている、という意味ではない。 作曲の技法-例えば対位法-のように小説を書くことに挑戦しているのだ。各登場人物のある心理が描かれると、今度は別の登場人物の異なる状況での心理が描かれ、 それらが積み重なり一つの物語となる。ところが実はこの小説は、精緻な心理描写で読ませる類の小説では実はない。 ニーチェの永遠回帰をめぐる考察が出てきたかと思うと、ベートーベンのEs muss sein(そうあらねばならない)という言葉をめぐるエピソードが出てきて、 ある概念や行為、それをめぐる解釈が小説全体を支えている。 何やら難しい本のように感じてしまったかもしれないが、本当のクンデラの素晴らしさは、こうしたややこしいことを試みているのに、 文章もストーリーも極めて明快に仕上げていることだ。眉間にしわを寄せて読む必要はない。構えずに読んでも楽しめるし、読後の満腹感は請合える。 この本も面白いが、「冗談」という彼のチェコ時代の小説もお薦めだ。
思想たっぷりの1冊
この作者は思想家である、といっても過言ではないはず。そのくらい奥の深い1冊。 一見、恋愛小説の体となっている感じがありますが、それよりも、主は作者の思想であり、恋愛物語の形を取ったのは、 彼の思想を表現するための最適のステージではないかと思われます。 「ここはどういう意味・・・?」「作者は何を言おうとしてるの?」と、考える個所も度々あり、さらっと一気には読めず、熟読が必要とされると思います。 しかし、素敵な文章表現と作者自身の哲学に魅せられ、最後には賞賛のため息が出てしまいました。くせになる一冊です。
すごく良かった・・・
難解な哲学とかはよくわからないけれど、それでもしっかり読む事ができた。映画には出てこない場面も多く、映画がより深く理解できた。 (というより、小説のほうが比べ物にならない程おもしろかった)登場人物がどの人もとても生き生きと描かれていて、どの人物もとっても好きになった。 こんな人生を送れたら、とさえ思った。何度も読み返したくなる小説です。
題名とは裏腹に
この本は、哲学の問いかけであり、恋愛小説であり、冷戦構造に翻弄された東欧の国、チェコの歴史であり、ちょっと類を見ない物語である。 この本の根底にあるのは、作者の否定と抵抗ではないかと思う。 「プラハの春」は、ソビエトに対して徹底抗戦をするか否かで論争が繰り広げられ、結局被害の多さを考えて、無血の抵抗を選んだ。 その抵抗のしかたは、小説にも書いてあるとおり、標識という標識をはずし、ロシア方面だけを残しておいて無言のうちに「どうぞ帰ってください」というものだったり、 ソビエト兵の前で、これ見よがしにセクシーである女性だったりした。 題名とは裏腹に、内容はとても濃い。 作者は、いつだってわかりやすい、安易な答えを否定している。 はたして存在は「重いか軽いか」、この問いの答えはなかなか出ない。 とにもかくにも、これは20世紀が生み出した名著のひとつに入るのではないかと。
難解だが引き込まれる
自分は哲学的な教養がほとんど無いため、非常に難解な小説だった。 にもかかわらず催眠術にかかった様に物語に引き込まれ、 ほとんど一気に(3日間ですが)読んでしまった。 それはやはり、物語自体に読者を引き付ける「重さ」が有るからなのだろうか。 トマーシュとテレザの結末は、悲劇的でありながら、幸せに満ちた感動を与えてくれる。 読後には心地よい未消化感が残り、また読み返したい欲求が生じた。
大傑作です。
 「存在の耐えられない軽さ」というタイトル、「20世紀恋愛小説の最高傑作」などと書いてあったりして、それをそのまんま受けとり、 さぞや泣ける、哀しい恋愛小説なんだな、と思ったらとんでもない目にあいます。 泣けるし、哀しい恋愛小説なんですが、ひたすら哲学なんです……。  一行目からニーチェの永劫回帰の概念を作者が語りだしちゃっていますから。 それに、文章は概念を動詞化したりして、それは比喩表現のなかでもたぶんもっとも難解な手法だったりするので、ひたすら読みにくいです。  ただ、哲学に彩られた恋愛、それが生む絶対的なコミュニケーションの断絶とその回復は本当にすばらしいです。 六章の「大行進」なんて哀しくて哀しくて。とにかく、この現代ヨーロッパ最大の作家の代表作を読んでみる心意気があれば、どうぞ。
ただの恋愛小説ではありません。
3年前の春に友人に勧められて読みました。友人はこの小説の性描写に衝撃を受けたようですが、 私はこの小説で一番気に入ったのは登場人物達の精神的な繋がりの部分です。 (気に入った部分が人によって大分違うので、読んだ後議論するのも楽しいかもしれません。) 飼われている犬も含めた精神的繋がりの描写を読んでいる間、涙が止まりませんでした。 自分が漠然と感じていた感情や考えがそこに表現されていました。 また、この小説の背景には、哲学者ニーチェの思想があり、ニーチェにも興味を抱くようになりました。 3年経った今、英文で読み直していますが、より深く理解しようと、ニーチェの入門書も読んでいます。 (『ニーチェ入門』竹田 青嗣著、ちくま新書)難しく、且つ同時並行で読んでいるので中々時間がかかりますが、最近の楽しみです。 性描写が話題になる小説ですが、それ以上に深いものがあります。お奨めします。
時の旅人 (岩波少年文庫) 単行本(ソフトカバー)
アリソン アトリー (著)松野 正子 (翻訳)

これまでの人生で出会った最高の本のひとつ!
ページをめくるのがもどかしく、それでいて一頁一頁を大切に読みたくなる美しい物語です。 イギリスの、その土地や歴史に根ざしたファンタジーが大好きですが、中でもこの物語は宝石のような煌きをはなちます。 ふとしたことから始まる魔法で過去へ現在へと旅することになる主人公、イギリスの田舎の生活のしっとりとした美しさ、 ページから匂いたつようなハーブの香り、結ばれることのない初恋の物語・・・ 私はハリーポッターの第一巻がベストセラーだった頃、ほとんど同時期に本書と両方を読みましたが、ハリポタはおかげですっかりかすんでしまいました。
めぐり逢えて良かった
本が届いたとき、その分厚さに少々驚かされました。 普通の文庫本より一回り大きめの岩波少年文庫版で、注釈つき450ページ。堂々の長編です。 はっきり言って子供向けの本とは思えません。  なるほど、幽閉されたスコットランド女王メアリ・スチュアートをエリザベス女帝の手から解放しようとする人々の物語と、 現代の少女の物語が交差するタイム・トラベルもの、といえば、確かに子供たちの読書欲をそそります。  しかし、サッカーズ荘園の四季折々の美しい風物、そこに暮す人々の、落ち着いた愛情あふれる生活、そして何よりも、どんなに時代が変わろうとも、 歴史の抗いがたい運命を前に、なおもたくましく優しく生きていこうとする人々に対する共感と親愛の念ー、 こういったものを鑑賞できるのはやはり大人の特権といえるのではないでしょうか。いつまでも物語が終わって欲しくない、 そう思える本にめぐり逢えたのは久しぶりでした。 あまり重要な登場人物ではないバーナバスおじさんの、゛背後に水の力があるからこそじゃ。命と同じじゃ。背後に力がなければならん。 人間を苦難と戦わせ、負けずにがんばらせる力が。サッカーズのこの泉はかれたことがない。これからもかれることはない。 いつまでも、いつまでも続いていく"というセリフと、グリーンスリーヴスの切ない音色がしばらくは頭から離れませんでした。
泣きたくなるような美しさ、荻原規子ファンにも
 「時をこえ、歴史上の事件にまきこまれた少女の冒険」というので、勇ましい主人公の活躍を想像していたのですが、違いました。 冒険の要素もあるけれど、美しさのほうが印象に残ります。  「今」の農場は、眠っているような穏やかな美しさ。美しい自然、気持ちのいい疲れをさそう労働と、おいしそうな食事。 読むだけで健康になりそうです。そして、はるか昔の人々の夢と生活とを、今もいつくしむ、素朴な人々。  比べると、三百年前の同じ場所はより感情豊かで華麗で、痛いほどです。まだ古びたり廃墟になったりしていない立派な屋敷には、 現在は姿を消した高貴な人々が暮らしています。情熱、さみしさ、淡い初恋、いろいろな気持ちに突き動かされながら。 下働きの人たちまでもが、今と同じように実直に暮らしながらも、高貴な人々に愛情と尊敬を、自分の仕事に喜びと誇りを感じて、毎日を必死で生きている。  読み終わった今、私の心には、美しいものを見たあとの疲れが残っています。例えるならば、雪みたいな美しさ。 雪は、溶けて見えなくなるけれど、無くなってしまうのではなく、空気をうるおし、土を濡らして、いつかまた空へと戻っていくだけ。 それが分かっていても、きれいで、はかなくて、泣きたくなる。そういう感じ。  静かな、一人になれる場所で、少しずつ読みたい本です。おすすめです。  荻原規子の『西の善き魔女』ファンの人には、さらにおすすめ。ささやかながら、にやりとできる発見があります。 確かこの本は、荻原規子の愛読書としてホームページでも名前があがっていました。ぜひ、おすすめです。
これは「大人の」本です!
ヒロインのぺネロピーは少し体が弱い、空想好きの女の子。 そんな彼女が田舎にある親戚の、古い古い歴史を持つ屋敷を訪れます。 そこは300年前、ある悲劇の舞台になった場所。 少女はいつしか時をさまよい、忍び寄る不安の中にも平和な生活を守って楽しく暮らしていた当時の人々との交流が始まります。 すてきな出会い、淡い恋、そして…。 古き良きイギリスの雰囲気が全編を包む、珠玉のファンタジー。 きっとあなたも読み終わったあとには、「グリーンスリーブス」を聴きたくなっていることでしょう。
かぐわしきハーブの香り、ひめやかなグリーンスリーヴスの調べ
はるかな昔の空気が、そこかしこに息づいているサッカーズ農場の家。 母親の身内のバーナバスおじさんと、ティッシーおばさんが暮らす家で生活することになった少女ペネロピーは、 やがて16世紀後半の過去と現在の世界を往復するようになります。過去と現在とが同時に存在している、そんな魔法のようなサッカーズの雰囲気に導かれて……。 ハーブの香りがかぐわしく立ち上ってくる物語でした。アリソン・アトリーの『時の旅人』( A Traveller in Time 1939年作品)。 イングランドのダービシャー、その片田舎にあるサッカーズ農場を舞台に、主人公の少女ペネロピーが300年の過去と現在を行き来するタイムトラベルファンタジー。 読み終えて、鐘の音がごーんごーんと響いてくるような話の余韻に浸りました。 「グリーンスリーヴス」の音楽が、秘やかに、ひめやかに物語の中に織り込まれていたのも印象に残ります。 私、イギリスのヴォーン・ウィリアムズという作曲家の音楽がとても好きなのですが、 彼が作曲した「グリーンスリーヴスによる幻想曲」や「田園交響曲」の音楽の一節を心の中で時折流しながら、本の頁をめくっていきました。 とりわけ、「グリーンスリーヴス」の哀しみを帯びた美しい調べの音楽が、リフレインのように物語の中で鳴っていたのが忘れられません。
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891) (新書)
福岡 伸一 (著)

世界は不思議に満ちている
旅行中の機内で読み始めた。巻置くわず、一気に読了した。  本の内容は既に他のレビュアーの方の解説があるので そちらを参照されれば良い。 毀誉褒貶ぶりは 話題本の宿命であろう。僕がここで言いたいのは 最後のあとがきの「美しさ」である。  後書で著者は自分の小さい頃の 自然との関わりを述べている。秘密基地の探検、蛙を取ること、アゲハ蝶の飼育。東京の郊外で著者がやってきた子供時代の「遊び」は 紛れもなく僕自身がやってきた事と同じだ。この優れた書物の最後に 著者が静かに語る  そんな美しい自然と その自然との関わりを読んでいて 不覚ながら涙が止まらなくなった。    僕らが小さい頃の自然は不思議だらけだった。僕らは 遊びを通じて そんな「不思議」に対して いろいろな「実験」をしてきた。  そうして そんな実験から いかに色々な事を学んできたのか。この本のあとがきを読んだ時にのしかかってきた思いはそれだった。そう 子供の頃の遊びは「学習」だったのだ。  著者は そこから分子生物学者になった。一方 僕はサラリーマンとして「経済」という分野で働いている。まったく違う分野にいる。但し 著者が語る 著者の子供時代への圧倒的な共感は そんな分野の違いを軽く超えてしまった。  子供の頃に自然に触れて感じた驚きとおののき。それが この本の通常低音だ。著者は あとがきで自分の子供時代を描いている。しかし それは同時に今の著者自身でもあるはずだ。そんな著者の「思い」が 稀に見る美しいあとがきに結実している。  僕らは 驚きとおののきを忘れるべきではない。今でも 僕らに分かっていないことは きっといくらでもあるのだから。世界は やはり 今尚 不思議だらけなのだ。
きわめて私的な本であるが面白いことは否定できず
これは福岡伸一氏の生物学に対する探求譚です。いわゆる先端科学の解説本というには食い足りません。「生物と無生物」の違いに関する説明も用意されているものの、もっと深い最先端の話題を期待して読む人は、若干の肩透かしを食らうことでしょう。 それは、生物学者「福岡伸一」という細胞皮膜を破ることなく、生化学という外部をあたかも膵臓細胞の小胞体が外部を内部に取り込んだように書いたことによるのでしょう。結局は生化学の物語ではなく、福岡氏の物語なのです。ある意味において極めて私的な本だと言えます。
生物への畏敬と生物学先駆者への尊敬が盛り込まれた入門書
生物とは何か、ウイルスは生物かといった疑問について、近現代生物学の先駆者がどのように考え、何を明らかにしたかという歴史的視点に立って解説した書。分子生物学をこれから始めようとする者が最も楽しめる入門書にあたると思う。著者の方針として、映像として思い浮かべられるような文章を心がけているようで、例え方や理論の説明にも可能な限り工夫している点で好感が持てる。主観的な感想をそのまま表現している部分も多いが、くどすぎることはなく、著者が感じた感動がよく伝わってくる。構成や文章を見るとエッセイのような気もするし、歴史を追いかけた旅もの、あるいは留学の思い出を綴った自伝のようにも見える。通常、教養本でこのような構成にすると失敗作となることが多いと思っていたが、本書では話に連続性があって意外とうまくまとまっている。 ウイルスと生物の違いについてを詳しく書いていないようにも思える、この点を批判するレビューもあるが、生物について記載している内容がウイルスにはみられないという行間を読むことを勧める。本書では、生物におこっている劇的な物質の移動・入れ替えという現象論を、一般読者に周知することを目的として書かれたと推察する。したがって、生物と無生物の厳密な定義を述べるのではなく、生物における動的な変化を発見したときの先駆者の興奮が伝われば目的は達せられると思う。生物の誕生に関わる話を詳細に理解しようとするならば、『生命からのメッセージ(木下清一郎著)』を推奨するが、そちらは本書と比較して難解で、ある程度の専門知識がないとついて行けないと思う。参考までに、生命の起源を述べないと生物と無生物の境界はわからないとする批判があるが、生物の起源で起こった現象とウイルスの発生に必要な現象に差はなく、この批判は的外れである。そういった意味で、動的な変化のあるなしを境界とした本書は本質を突いていると思う。 先端科学を解説する書のジレンマとして、広い読者層の支持を得ることが困難な点がある。本書のPCRの原理についての説明などは非常にうまく説明しているものの、PCRを知る者にとっては退屈に感じる反面、分子生物学を知らない者は全く理解できない可能性もあるため、本書を好意的にみる読者層は狭くなる可能性がある。研究手法の原理などで、わかりづらい点は読み飛ばしても主旨は理解できると思う。 本書で説明されている、花粉とブラウン運動についての記載は不正確であるが、60-70年代の理科の教科書には本書と同様に誤っていたものも多い。 著者の努力と文章力から、個人的には星5つでもいいが、他の読者へのお勧め度は前述の問題点を加味して星4つが妥当。一般読者や初期の研究者に分子生物学のイメージを植えるのにお勧め。
火車 (新潮文庫) (文庫)
宮部 みゆき (著)

余韻の残るラスト
現代の地獄、人間の業や決して悪人ではない人間の何とも言えない醜い部分、ドロドロとした心理をあざやかに描いています。 余談ですが、私は宮部作品は火車から入ったので、宮部さんは業や情念を描く作家なのかと思っていたら、他作品はもっと軽妙な感じだったので驚きました。 それらの作品も面白いんですが、火車くらい怨念を感じる作品もまた読んでみたいです。
自らが居合わせてしまったような緊迫感
社会的問題を背景にして、個人がひょんなところから過ちを犯し、 落ちていく。しかしラストはそれを幾分か救うような温かい眼差しが 注がれているように思う。人間への温かい心を持ちつつ、社会の暗部を描き、 そしてその周りの人の気持ちを詳細に書き綴るこの作品は世界に誇れると思う。 そして読者には、その現場に居合わせてしまったような緊迫感漂う ラストシーンが待っている!!
もう何度読んだかわからない。だけどその度に引き込まれるゾ
はじめてこの小説を読んだのは、かれこれ8年前。友人に薦められまあ読んでみるか程度のかるーいノリだった。そしてみごとにはまってしまった。 幸福を求めてやまない女性たち、なかでも犯人の凄まじいまでの執念!だけどその彼女を見つめる作者の目の温かさ。 決して許されない罪を犯しているのに、私には最後まで彼女を憎むことができなかった。 クレジットカード、ローン地獄、戸籍問題、個人情報の流出、質的にこれだけの小説はもう読めないかなと思わせる一冊。 推理小説というよりは、社会派小説といった方がぴったりくるが、何年たってものテーマが色あせない。 もう何度読んだかわからないが、その度にいやおうなく引きずり込んでくれる作者の力量に本当に参りました。
なんとも言い表せない
火車、とても読み応えのある本当に読者を裏切らない表現にはいつも感動してしまいます。 宮部先生の書く小説は現代社会にある「踏み入れてはならない」部分にあると思っています。 でも、気づいたら踏み入れてしまった…。 とういう登場人物が身近に感じられる。 火車はそれがとても強いように私は感じました。 だから続きが早く読みたい、でも読み終えたくない。と思ってしまいます。
見事!
親戚に頼まれた休職中の刑事が行方不明の女性を追う ストーリーを簡潔に言ってしまえばこんなにも簡単なのだけれど、そうはいかない 借金、多重債務者にスポットを当てた作品なので、そういったことに無縁、無知な私にとっては難しい文章が多かったけれど、それに対しての法律などためになる情報を実に詳しく書いてあるので読んで損はない ニュースではよく聞く言葉なのに、身近に感じる人はほとんどいないと思うけど、恐ろしいと感じる程自分のすぐ傍に存在することなんだとこの本を読めば分かる 学生向けのクレジットカードもある今、この本に書いてある出来事は決して他人事ではないのだ 作品の感想に戻ると、主人公が目的の女性を追う過程が少しじれったく感じる部分もあるけども、それが一層主人公の心情を読み取れる効果があると思う かと言って終始どんよりとした雰囲気ではなく、主人公の息子や近所の人々との掛け合いが温かだったり、読み続けることが苦になることはなかった 一つ情報を得たり核心に近付くシーンがあると、主人公とともに「やった!」と感じるほどのめり込んだ 一歩一歩近付く様が本当にリアル 特に最後のシーンには本当にドキドキさせられて、読み終わったあとのずっしりとした達成感がとても心地良かった 温かい文章の宮部みゆきさんしか知らなかった私にはちょっとびっくりしたこの作品だが、やっぱり「さすが!」としか言いようが無かった 人に勧めたくなる一冊だと思います
面白かった。ラストの急展開にドキドキしました。
始めて読んだ宮部みゆきさんの本が「理由」だった。そして正直面白くなかった。もう宮部みゆきさんの本は読まないつもりだった。 しかし「火車」を多くの人が勧めているのでしかたなくといった気持ちで読んでみた。 面白かった。本当に面白かった。失踪した女性を捜すという小さな事件が少しずつ大きな事件へと発展していく。 長い長い物語なのに飽きる事なく読み進めた。最後の数ページの勢いのすごさ。 ゆったりと進んでいた物語が急展開する。このあたりは脱帽。長い物語を読んできたからこそ感じられるクライマックス。 素晴らしい。この本は読んでおきましょう。
登場人物たちが生きている
休職中の刑事、その息子、家政夫を職業とする男性とその妻など、 独特のテンポをもった登場人物たちが、作品の中で生きている。 冒頭で、主人公の置かれている状況を地の文で説明するのでは無く、 自然な描写で読者に伝えたり、実際には物語りに登場していない、 失踪した女性の心理や行動を、女性の過去を調査する過程で描いて いるのは、上手いとしか言いようが無い。 謎の女性が最後まで正体を現さないのもサスペンスを盛り上げる。 この作品で直木賞あげても良かったのではないかと思う。 秀作です。
星の王子さま―オリジナル版 (単行本)
サン=テグジュペリ (著)

著者の生誕100年を記念し作られた復刻版。挿絵は著者自身が描いた米オリジナル版そのままの絵が載せられている。これまで親しんできた挿絵と比べると輪郭がはっきりしていて鮮明、そのほかにも「ささいな違い」を見つけながら読み進めていく楽しみもある。 本書は、ストーリーの展開を楽しむ意味においては子ども向けだが、むしろ大人向けのメッセージに満ちていて、本来人間には「心の目」が備わっているということを呼び起こされる。その、真実を見ることのできる「心の目」をもって、大切にしていかなければならないモノを感じ取り、それを生かしていくことで人は豊かになれるはずなのだが、さまざまなことに心を奪われ見えなくなっていき、やがて見ようともしなくなる(王子が訪れた星に住む大人たちは点灯夫以外その象徴のようでもある)。 キツネの言葉「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目には見えないんだよ」は著者からの、大人、そしてこれから大人になる子どもたちへの警鐘なのかもしれない。(加久田秀子)
大切なものは目にみえない
「金で何でも買える、解決がつく」 そんな時代だからこそ、病んだ現代人に 「星の王子さま」は、人間の原点へ引き戻してくれます。 挫折を味わっている人にこの本を渡しました。 その人は、みんながうらやむところから、ある事故で 自分の夢をいっぺんに失ってしまい、途方に暮れていました。 毎日泣いていました。 この本を渡してから、笑顔が戻りました。 大切なものは目に見えない。 目に見えないからこそ、自分で感じなければならない。 まさにそれは「人の心」なのです。 この本は読み方でいろいろな目に見えないものを 感じとることができると思います。
大人のための童話
内藤濯の訳す、元祖『星の王子さま』です。 小さな星にすむ小さな王子さまが旅立ち、様々な大人と出会い、地球で「ぼく」と出会う物語です。 非常にシンプルな童話です。 子どもが読むには表向きを知るだけで良いかもしれませんが、大人になってから読むと、サン=テグジュペリが違う世界を案内してくれていることに気付きます。 何をテグジュペリが伝えようとしているのかを、ぜひ読んでみて欲しいです。 僕は大切な人に出会うと、きちんと大人になった人にだけですが、この本を贈ります。 きっとその意味が伝わると信じて。
なんてかわいらしい本
タイトルからして、もっとメルヘンな感じを想像していましたがそんな事ありません。 大切な事を学ばせてくれる本です。 私は大人になる一歩手前の年齢ですが、大人になる前に読めてよかったと思います。 子供心をなくしたくない、とつくづく感じさせてくれる本でした。 イラストの可愛らしさと、文章の書き方のおかげでスラスラと40分くらいで読み終えました。 本が苦手な方でも、平気だと思います。 星を眺めるのが、読んだその日から楽しくてたまらなくなる本です。
大人だからこそ分かる美しさ
誰もが一度は読んだことのある名作だけれど、やはり大人になって読み返して欲しい作品です。 忙しさや物欲、見栄に翻弄され、近くにあるあたりまえの幸せに気付きにくくなった大人だからこそ、王子様の言う一つ一つの言葉が現実味を帯びて胸に響くはずです。 詩的な文章の美しさにも改めて感動しました。
とても疲れているときに
私はこの本は大人のための本だと思います。 疲れているときに。仕事が大変なときに。何のために働いているのかわからなくなったときに。 この本を取り出して読み返して、ヒツジがあの花を食べていないか、子供のように心配するのです。 そうすると、本当に大事なことを忘れて、ささくれて毛羽立っていたはずの大人の私が、ずっとずっと前の子供の頃のように、砂漠で星の王子様を捜しています。そしてどこまでも続く砂漠の丘のように、ゆるやかになだらかに眠れるのです。
一生モノの本です。
子供の頃学校の図書室でこの本に出会いました。 上手とは言えない表紙のさし絵とありえないタイトルをみて、ばかばかしいと思い、読む気になれませんでした。 最近、ふと本屋さんで手に取り、読みました。とても衝撃でした。 子供の頃、とても大切にしていたものが、大人になるにしたがって薄れていきます。 そういった忘れていた大切なもの・大切なことを思い出させてくれました。 さし絵も、これでなくてはいけないことがわかりました。もう何度も読み返しましたが、一生大切にしたい本です。
百年の孤独(単行本)
ガブリエル ガルシア=マルケス (著) 鼓 直 (翻訳)

脱私小説という問題をいつまでも引き続けている日本文学とは対照的に、南米ではこんな物語が生みだされてるのです。あるひとつの村の一家の百年の興亡史ですが、骨太の物語なのに読みやすいのです。この読みやすさは異常だと思われますが、ガルシア・マルケスはおそらく読者の読むスピードを底上げさせるように文章を書いているんでしょう。それは物語の特性を考えてのことだと思います。  保坂和志は、百年の孤独ほど「小説というのは読んでいるその瞬間にしかその実体がない」ことをわからせてくれる小説はない、と言っています(ただし、家系図なしなら)。カフカの長編小説でもそうですが、怒涛のようなエピソードが壊れたピッチングマシーンから放たれるボールのようにぼんぼん投げこまれてきます。私たちはそれを読み、楽しみ、そして次の瞬間には忘れます。私たちは次のボールをキャッチしなくてはいけないからです。私はこの「忘れる」ということが、この小説のいちばん大事なところではないのかと思います。  この小説では、とにかく何もかもを忘れていきます。登場人物の名前がほとんど同じですので、誰が誰だか忘れます。誰がどんなことをして、そして死んでいったか、忘れます。私は読み終わったばかりなのですが、もう何が起こったのか忘れています。彼ら一族は小説のなかの世界でも、そして私たちからも忘れられます。  そして、私はその忘れられる過程(一族が滅びていく過程)にこそ、ガルシア・マルケスがテーマとした愛が見え隠れしているようにしか思えないのです…。
「体験」としての小説
 「マジック・リアリティ」という言葉を連発する知り合いがいて、この作品のことを何回も口にしていたので読んでみた。 ガルシア=マルケスの小説は、読み始めるとなかなか途中で止まれなくなってしまう。 小説を読むということはその世界に参加し、自分を投げ込むことだということは江藤淳が「作家は行動する」で言っていることだが、 それにしても読み手を引き込んで離さない語り口だ。そのひとつに、少しずつ先の出来事を仄めかす手口があり、 「どうなる? どうなる? 」と話に聞き耳を立てているとどぎつい光景が広がり、さらに物語にのめりこんでいくことになる。 読み終わったあとにはしばらく、架空の街マコンドの風景や人々や、そこで語られた出来事が頭の中から離れなくなってしまう。 しかも、受け取った感情や印象を読んでいない人に伝えようとすると、うまい言葉が浮かばなくて困る。 あらすじでは伝わらないだろうなんともいえない思い。それが文学が持ちえる感動の最たるものなのだろう。 あらすじで伝わるなら、文学なんて不要なのだろうから。  「体験」としての文学を、体験できるであろう一冊です。
一生に一度は読みましょう!
ジュンクの田口さんの著書の一節にinspireされて、手に取りました。百年を越す時の流れに、幽明を、 過去と現在を自在に行き来する登場人物たち、作者も認める矛盾を飲み込んで行きつ戻りつ語られる物語は、 圧倒的な力で読み手をその中に引き込みます。還暦間近、読むのに必要なエネルギーのあるうちに、読めてよかった、、、。
買いです。
20年振りかの再読でした。前回どういった感想を持ったのか我がことながら判然としないものの、とても笑える場面が随所に散りばめられているというのが今回の読後の印象です。 マコンドという架空の街を舞台にホセ・アルカディオ・ブエンティーヤを祖とする一族の物語、と言えば言えるのでしょうが、 そんな言葉では片付けられないほど圧倒的な細部とエピソードで組み上げられており、安易な要約を拒むような在り方自体がこの作品の大きな魅力になっています。 また、今回読んで思ったことのひとつは、この作品の密度は圧倒的な細部とエピソードということに加えて、わざと煩雑に絡み合い、読むものを混濁させるような一族の名前の付け方によっても生じているのだということです。 慣れるまでかなり読み辛く、根気を要しますが、家系図を作ってみたりなど工夫を凝らしたりしながら(途中でバカらしくなってきますが)丁寧に読み込んでいけば、必ずそこに読書の喜びの地平が目の前に大きく広がってくるのではないかと思います。 でも、解説でも触れられていますが、いよいよ物語も終わろうとする頃になっていきなり、「文学は人をからかうための最良の玩具」のいう文字が目に飛び込んできたときには、一瞬狐につままれたような気持ちになりましたが、作者の真意は案外こんなところにあるのかもしれませんね。
ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編
(新潮文庫) 村上 春樹 (著)

どっぷりと・・・ゆっくりと・・・ぐちゃぐちゃと・・・な世界観。
 本当におもしろかった。第一部はやや衝撃的な文章も盛り込まれていましたが、第二部ではゆっくり流れる時間というか、粘着質な時間というか、何か時間の「流れ」が私には感じられました。感じ方は人それぞれなので、なんとも言えませんが、この意味で「クロニクル(年代記)」という題名の時間的な縦の動きが意味がなんとなくわかったような気がします。全集の解題で作者が、題名が先に決まり内容が決定された、歴史的な色合いの濃い物語になったと述べている通りであります。  多分、物語の大筋を他人に口頭で説明しようとすれば、本作品はつまらないものとなってしまうような気がします。その世界観は読んだ人にしかわからないでしょう。そういう作品です。誰もが作者の世界にどっぷりと浸かってしまうと述べている通り、私も本当にそのような気持ちで本書を読み終えました。  またどこにでもありそうな日常的な風景や様子に付随して、この物語で語られる「気」というか「オーラ」というか霊的で呪術的な部分が本書の魅力であるように感じられます。日常にはありえない部分を盛り込む事によって、世界に真実味を与えているのではないでしょうか。「嘘に少しの真実を盛り込む事によって、嘘はより強化される」といった印象です。  長編ですが、一気に読めてしまう迫力が備わっています。次作でも何も考えずにその世界にどっぷり浸かってゆこうと思います。なぜこんなにもはまってしまえるのか不思議なくらいです・・・。
参りました
最初は穏やかに読んでいたはずなのに、いつの間にかどっぷりとはまってしまっていました。深い精神世界に入り込んだような、そういう息苦しさを少し感じましたが、すごい作品です。
流されていく感
ねじまき鳥クロニクルの第二部。 一部では、よくわからなくて戸惑いのままに流されてきて、 この第二部では、やはりわからない部分が多いままではあるけれど、 物語の流れに流されることがなんだか心地よくなってきます。 村上春樹の世界にどっぷり浸かっちゃう感じです。 物語は、だんだんと見えてくる部分がでてきたと思うと、 さらに謎のような人や物たちがでてきたり・・・ はらはらどきどきというのではないけれど、飽きません。 ゆったりした中に、どこか闇が潜んでいる感じは、独特です。
王様は裸だと言った子供はその後どうなったか
(集英社新書 405B) 森 達也 (著)

現代日本への鋭い諷刺と寓意を秘めた一冊
 誰もが一度は読んだことがあるおとぎ話や童話の寓意を逆手にとって、その話の別の見方を提示するとともに、現代社会のある側面と巧みに結びつけ、ちくりと諷刺してゆく現代社会論集。集英社の「青春と読書」に、2004年11月号から2006年12月号まで掲載した文章に加筆、訂正したものが収められています。  表題作のおしまいに(仮)の文字がついた第1話から以降、「桃太郎」「仮面ライダー」「赤ずきんちゃん」「ミダス王」「瓜子姫」「コウモリ」「美女と野獣」「蜘蛛の糸」「みにくいあひるのこ」「ふるやのもり」「幸福の王子」「ねこのすず」「ドン・キホーテ」「泣いた赤鬼」の十五篇。  自らを正義と思い込み、報道することによって悪を懲らしめるのだ!という過ちを犯しがちなジャーナリズムの危険と、この民話の寓意とはよく似てはいないだろうかとの考察が痛快だった第●話。「当事者にしてみれば自衛だけど、視点を変えれば侵略なのだ」とする戦争への見方と、「どちらの要素もある」とする寓話のテーマとをうまく関連づけた第■話。「それ」一辺倒になってしまうと、「これ」や「あれ」への危険が目に入らなくなる、そうした一極集中のリスク・パラノイア現象への危うさへの指摘にはっ とさせられた第▲話。この三篇(題名は、ないしょ)がなかでも面白く、現代社会の本当の危険といったものについて考えさせられました。
タイトルもうまいですが、中身も
童話や民話のパロディ集。 きちんとお話の形式をとっているものもあり、 エッセイ風になっているものもあり。 形式はいろいろですが、現代社会を風刺するという パロディ本来のありかたがとられています。 政治やメディアのありかたをするどく批判しながらも 著者ご本人は、ご自分のことを 「王様は裸だと言った子供」になぞらえて、 単に場を読めないから禁忌に近いテーマを扱っているだけだ、と おっしゃっています。 あっさり下手にまわり、ひょうひょうとした口調ながら、 深い関心と強い意志を感じます。 お話はあくまでもおもしろくかかれているのですが。 「みにくいあひるのこ」に登場するコウセイという少年は 著者のお子様なのでしょうか。 ラストの台詞が秀逸で、おもしろかったです。
文句なくおもしろい
面白すぎです.キャッチーなタイトルで思わず手に取ってしまいました.確かに気になりますよね,王様を裸だと言った子のその後が.本書は,いわゆる昔話のパロディーで,現代社会の矛盾をしっかりと風刺しています. パタンとしては,現代の世相への批判と,昔話の不合理な点をついた鋭いツッコミがあります.私としては,後者のツッコミバージョンが楽しめたかなと思います. 純粋な子どもたちには申し訳ありませんが,大人の読み方というのもあるのです.
グレイがまってるから (中公文庫) (文庫) 伊勢 英子 (著)

ほわっとする本
自分が飼っていた犬と暮らした日々を思い出します。 こんなしぐさ、するする! と、おもわずほほえんでしまうスケッチも この本を親しみやすくしているのではないでしょうか。 犬が好きな方はもちろん、よみながら、ほわっとしたい人にオススメです。
あたたかくも切ない想い達
最初に読んだのはいつだったか・・・。 ハスキー犬のグレイ君との優しい日々。 絵がとってもあたたかくって、、、大好きです。 犬を飼ったことのある人ならきっと共感するんじゃないでしょうか。 一人じゃ見つけられないような、小さなシアワセの景色。 犬に教えられたコト。 永遠の別れ。。 イライラが溜まってきた時、私はこの本を開くようにしてます。 天国にいる、かつて一緒に暮らした犬と重ね合わせながら。
ペットを飼うなら読め!
犬を飼い始める決心をしたその日から その人の目は、それまで見えなかったものが見えるようになります。 楽しいことがいっぱい。微笑がいっぱい。そして哀しさが訪れることも。 すべての愛犬家が、言い尽くせなかった喜びと、命の賛歌。 それらが伊勢さんの柔らかな文章と暖かいスケッチで伝わってきます。 グレイ3部作の劈頭を飾るエッセイ群は すべての人の目を啓かせ、生きるすばらしさを、生命の爆発を感じさせます。 本書を読み終えた後、きっと犬と一緒に歩きたくなる。              きっと抱きしめたくなる。 小学校高学年から中学生に特に勧めたい。 そして、下ばかり向いて歩く大人にも。
犬と暮らせば…
道ばたで犬とすれ違うとき、目が合うことがありませんか? この本は、道ばたですれ違う犬たち・一緒に暮らしている犬たちに、思わず、「散歩してるの?なんかいいモノ見つけたら教えてよ」、「お父さんと一緒でいいねえ」などと話しかけたくなるような本です。本のそこかしこに見られる、絵描きである伊勢さんの絵がまた可愛らしくももの哀しく、いい感じです。
ハスキー犬がやってきて、そして・・・
ずいぶん前に読んだ気がする。 この本の作者とグレイとのエピソードに、逐一頷いて読んだ。 大型犬と暮らすことの難しさ、喜び、たくさんの思い出が詰まっている。 泣いたり、笑ったり、怒ったり…。 私自身、この15年、4頭のハスキーと暮らして、作者と同じ思いをたくさんした。 この本と出逢ったことは、幸せでした。 今日、愛犬を送ってしみじみ感じます。 今頃、グレイちゃんと出会っているかな。 きっと、ハスキー犬をもっと好きになれる本だと思います。
特別なものではないのだけれど・・・
なぜだろう。。。 齢をとったからだろうか、涙が止まらなかった。 ただ犬と暮らすことの幸せがあふれている。 現代の愛犬家の基準からすると「ん?」 というようなところもあるかもしれないが、 グレイと家族の愛情が最初から最後まで途切れることなく続いている。 大型犬のシベリアンハスキーが一時大ブームになったのもうなずける。 火付け役になった漫画でもそうだったが、 この犬種には何か人を引き付ける大きな魅力があるように思う。 今犬と暮らしている人、これから暮らしたいと思っている人に読んで欲しい本です。 あなたも立ち止まって、犬の見ているものを一緒に見てみませんか。
トップ・レフト ウォール街の鷲を撃て (角川文庫) (文庫) 黒木 亮 (著)

イランで巨大融資案件がもちあがった。融資団主幹事を狙う大手都銀ロンドン支店の今西の前に、米国投資銀行の龍花が立ちはだかる。プライドを懸けて命を削る国際金融ビジネスを描ききった衝撃のデビュー作。
個人投資家の「たまご」達へ
黒木氏はマネー誌「MONEY」のコラムを連載されていた時に知りました。この文庫では一部加筆された部分があり、不良債権処理で国内金融機関が疲弊していた1997年頃から2000年頃までの世界的金融・投資関連の動きが解かり易く、ストーリーに織り込んであります。株式投資やFXなど、これから自己責任の上に立って資産運用を考えている人には、登場人物達の「1億5000万ドル」が身近に思えるのでは。
国際金融ビジネス+エンターテインメント
読み始めは、難解な専門用語が目白押しで(説明はあるものの)、途中で読むのを断念しそうになった。 ところが、登場人物の性格や背景が描かれるにつれて、小説としてのめりこんでしまった。 主人公の一人である龍花が日本企業で味わった苦悩と屈辱、それをばねにして外資系企業で活躍する様は、日系企業に勤めたことがあるサラリーマンならばある程度は共感してしまうところだろう。 国際協調融資、TOBなどとっつきにくそうな内容が、実在しそうな個性ある登場人物たちによって非常にスピーディーで先の読めない良質なエンターテインメントになっているのに驚かされる。
バンカー(銀行屋)VS ブローカー(証券屋)
両主人公ともバンカーです。商業銀行と投資銀行(証券会社)の違いがありますが。顧客との安定的継続的関係を前提にし薄い薄い利ざやを長期に渡って獲得する「融資」を主要業務にする商業銀行と個別案件ごとにスキームを組み立て資金の出してと取り手を結びつけ、その都度厚いコミッションを獲得する投資銀行。金融市場という宗教、国家、人種、思想、伝統といった数値表現不能な、人間的で観念的なものからもっとも束縛を受けない「カネ」(=利益=数値表現可能な唯物的なもの)が価値のど真ん中に座る世界にいて、前者はそれでもそれらを背負いながら進み、後者はそれらを非情なまでに削ぎ落としひたすら利益(カネ)の最大化に突き進む。どちらがいい悪いではなく金融市場にはその2者が不可欠です。前者の価値観の最たる者が「信用」であり他者への「信用供与」が存在しなければ金融市場は存在せず、持つ者の信条思想、人種人格、国籍等あらゆる背景を問わない自由な「貨幣」が無くても金融は存在しません。その相反する価値観を背負った2人の男が凄まじい火花を散らして激突する欧州シンジゲートローンマーケット。皮肉なエンドの中に対立する両者が互いの価値観を認めていたことが垣間見れます。優勝劣敗、冷酷非情な国際金融を熱い人間たちが動かしている様を鮮やかに描き出した秀作。
テンポがいい
話はテンポがよく進みます。 TOB、パックマンディフェンス、ホワイトナイトなどライブドア対フジテレビの騒動のときに出てきた言葉が飛び交います。 巻末には国際金融用語集がついてきてお得な文庫本となっています。
初心者から上級者
金融関係にいる人間として畑違いの業種でもかなり面白くわかりやすかったです。はじめて経済小節を読む方にのもかなりお勧めです
星を継ぐもの (文庫) ジェイムズ・P・ホーガン (著), 池 央耿 (著)

SFの導入
他のレビューワがたくさん良い事を書いているので,あまり言う事はないのですが,もしあなたがサイエンスフィクション(SF)の初心者でふとSFでも読んでみようか,などと思ったときこの本を手に取ると良いです. ミステリと同じ構造を辿るので,話に起伏があるので読みやすいし,専門用語もそれなりに出ては来ますが,一般教養のサイエンスに納まる範囲です.そして何より書かれたのが70年代だという事を考慮してもなおあまりあるSFの世界がこの本にはあります.
これが実話だったら学校の授業も面白かったのに…
月面で宇宙服を着た五万年前の死体が発見される。調べていくと、死体は地球人と同じ肉体構造を持っていた。彼は一体どこからきて、なぜ月で死んだのか? 地球外生命体のなぞを追う、学者たちの物語。 斬った張ったの胸躍る戦闘シーンこそないものの、本書は人を惹きつける謎でいっぱいです。太陽系の歴史、進化論、潮汐効果、相対性理論などなど。どきどきしながら読み進めていくと……ラストでは…な、なんとそんなことが!? オチのあまりの突飛さに腰を抜かすほどびっくりしてしまいました。 ちなみに理科の得意な妹にオチの概要を話したところ「そんなことあるわけないじゃん」と一蹴されてしまいましたが、それにしても著者のアイデアと科学の知識はすごい。 本書のようなことが実際起こりえるのかはともかく(それを言ったら大抵の小説は成立しなくなってしまう)、読んでいて充分楽しめることは間違いありません。
ダンチェッカー大好き
月で発見された人類に酷似した遺体。しかしそれは5万年以前に死亡したものだった。 ということで、この謎の解明のため世界トップレベルの人間たちが集まって、 あーだこーだと議論を戦わし研究を重ねるわけです。 その結果導き出された結論とは? 一言で言えば"壮大"なストーリー。度肝を抜かれます、すげぇよ。 でも、好きなのはスケールの大きさだけではないです。 この本を読むと未来に希望が持てます。 今って、環境破壊・戦争・核兵器と、考えると目の前が真っ暗になるようなこと いっぱいあるじゃないですか。 本当にふとしたことで、人類の進む先・地球の未来が不安になったりしません? でもこの本を読んだら、人間も捨てたもんじゃない、っていうか むしろ人間ってすごいじゃん、明るい未来はすぐそこにあるんだ!! っていう、喜びすら感じてしまいます。うん、力強い本だ。 なので大好き。 あと、ダンチェッカーっていう生物学の教授が出てくるんですが、この人がいいんです。 バリバリの堅物に見えながら、実は柔軟な思想の持ち主で、めっちゃ人間くさい。 "これはこういうことなので、これしか有り得ない"なんて言って、論理から外れることは 全然認めない。こう聞くとガチガチの石頭かと思うでしょ。 さにあらず。理論的に証明できるなら、どんな「え〜っ!!!!」な結論であろうと 認められる、頭の柔らかなたいしたお方なんです。 主人公ハントより目立ってる?本当の主役はダンチェッカーだと、わたくし思っております。 色々な雑学(?)が入っており、読後はなんだか賢くなったような気になり、 その上、なんだかハイになれるお話。すごいSFな話ですが、SFファン以外でも楽しめます。 テンション上がります。読んでみてください。
どんどん読み進めていける
謎の解明を求める気持ちがページをめくらせた感じで 思いっきり文系のわたしには難しい科学的な話もたっぷり、 の割に、詰まることなくどんどん読み進めていけた。 くだけすぎず、堅苦しさも感じることない翻訳のおかげだろうか。 すぐに続編に手が伸びた。
面白かったが最後がトンデモ
月に宇宙服を着た5万年前の人間が発見されたという衝撃的な導入で始めるこの物語は、 次々に発見される謎と、それに立ち向かい、謎を解明してゆく科学者たちの姿を描いて ゆきます。ノンフィクションの発明・発見物語の雰囲気に似ていて、 わくわくどきどきの連続です。 古き良き時代の「科学小説」の再来といってよいと思います。とても面白くていっきに 読んでしまいました。 ただ、最後の「月」に関する結論はバリコフスキーなみのトンデモで、何故ハント博士が この点に疑問を抱かないのかが理解できませんでした。感動的で壮大な結論なんですが、 天体力学的な矛盾を解消し、読者を納得させる謎解きをやって欲しかったです。
クライマックスはご褒美です。
 感動しました。ジェイムズ・P・ホーガンさん。この作者。天才です。  やたら「いい本だ」と周りが騒ぐので読んでみたら。  なんだこりゃ。ややこしい専門用語が飛び交い、ストーリーといえばただただ物理学的、生物学的発見の繰り返し。つ・・・辛い。  でもまあせっかく買ったので最後まで読もうと頑張ったら・・・。  クライマックスの数十ページは私にとってご褒美です。もちろん途中のSFテイストな話をすっとばしては感情移入も感動もへったくれもありませんが。  本当に感動させていただきました。もし、途中で断念した方がいらっしゃるとしたら。いや、もったいないですよ。ホント。
8p
誘惑のシーク (扶桑社ロマンス) (文庫) コニー メイスン (著), Connie Mason (原著), 中川 梨江 (翻訳)

期待通り!!
ジャマールとザラの情熱的と言うだけでは言い表せない愛がスピード感を持って描かれていて、一度読むと止められない! その他のレビュー通りあなたの期待を裏切らない作品だと思います!!
一気読み!
購入してから寝かせること半年。 評判が良すぎて、いつ読もうかと思案し続けていましたが・・・ 寝かせるべきではありませんでした! 読み始めたら一気です。 めまぐるしい展開、この一言です。 物語の半分は追って追われての冒険、半分はシークに誘惑され ベッドでせめられて・・・と、本を置くタイミングがない!です。 ただ、二人の関係がどうなるのか?この展開がどうなるのか? と、先が気になってしかたがなく、ロマンスを楽しむことが できなかったのが唯一の欠点でしょうか? 再読してゆっくりシークの誘惑に胸をときめかせたい・・・ アラビアンナイトのような、砂漠、シークものが大好きな方に ぜひ読んでもらいたい一冊です。
ほんとにロマンスです。
夢のようなストーリー展開で、主人公の葛藤などが細やかに描写されていて、読んでいて溶け込めます。最後が少し、地味な展開のように思うのですがいかがでしょうか?
火傷しそうなシークです。
スルタンの臣下のシーク、ジャマールと激しい野生児のような男勝りで美貌のザラ。 私達にとっては未知の世界のハーレムの中の優雅な生活、女達、、まさにこの本は現実を忘れさせてくれる1冊となりました、(一気読みです) 愛してしまった女を追い求めるシーク・ジャマールの執念が怖いくらいで鳥肌モノですが、対するヒロインも相当強い。 追って追われ、、さらに連れ戻され〜休む暇もないほどハラハラしっぱなしのストーリー展開です! さらに、全文面に溢れる火花飛び散るような激しい2人の求愛がなんとも過激♪ ぜひ、一度、、この1冊で怒涛の波乱の波に身を任せてみませんか?
時間がたつのを忘れます…!
読みはじめから、ぐいぐいと引っ張られて、気がつくと時間が経つのを忘れていました。 主人公のジャマールとザラが初めて出会うまでが短く、なおかつ状況が緊迫しているので、ドキドキしました。 出会ってからの、二人の心が揺れ動く様は素晴らしい! スルタンに所有権があると知りつつ、屈服しないザラを欲しくてたまらないジャマール。 彼は気づいていなくても、すでに心はザラに奪われていたんでしょうね。 対するザラも、敵の男を憎みこそすれ愛するわけには行かない…でも、惹かれてしまう… 葛藤する二人が、もどかしくもあり、切なくもあります。 時代物ですから、捕虜であるザラをジャマールの元から父親が助け出したり、スルタンに捕まったジャマールをザラが脱出させたり、とにかく波乱万丈! 頁をめくるのが待ち遠しくてたまりませんでした! 当時、女が男の所有物であったモロッコで、一人の人間として対等でありたいと願ったザラの気高さには共感。 何よりも、どんな女性でも意のままにできるはずのジャマールが、ザラに出会ってからというもの、ハーレムの内妻たちにすら関心がなくなったことが一番感動! 傲慢な美貌のシークが、こんなにも一途に愛してくれるなんて…。 「君を奴隷にしたけれど、奴隷にされたのは私だった」 ジャマールのこの言葉が、彼の愛の深さを物語っています。 また読みたくなりました。
熱い官能の世界
傲慢で独占欲の強いヒーローという「シーク物」の醍醐味がいっぱい詰まった作品です。 モロッコ王国の君主からの信任厚いシークであるヒーローは君主の命で、キャラバン隊を襲う一族の討伐に行くことに。そこで彼は一族の長の娘であるヒロインと出会います。美しい美貌の戦士であるヒロインにヒーローは惹かれるのですが、ヒロインは自分の許婚を殺したヒーローを許せません。とりあえず、ヒーローは彼女を奴隷として自分のハーレムに連れて帰ります。ハーレムで自分の持てる全ての技を駆使してヒロインを口説き落とそうとするヒーロー。憎みつつも魅力的な彼に惹かれていくヒロイン。しかし敵同士という事実がどうしても二人の壁となります。禁断の恋に悩む二人の切ない感情は、やがてお互いのためなら死すらも受け入れるという強い愛情へと発展していきます。まさにこれぞロマンスの醍醐味!グイグイと読み進めるのを引きつけてくれました。 作中に多いラブシーンは、ヒーローのヒロインに対する傲慢で独占欲の強い愛し方でさらに過激なものになっています。さらに奪還劇や脱走劇まであったりするので読み始めると止まらない!夜更かし必須の面白い作品ですよ。
6p
生かされて。 (単行本) イマキュレー・イリバギザ (著), スティーヴ・アーウィン (著), 堤江実 (翻訳)

*原題の「LEFT TO TELL」に象徴されるように
→すさまじい虐殺の中で、生き残った少女の話..  活字だからいいものの、  これが映像化されたら絶対見たくない  なぜなら、一生悪夢にうなされそうだから.. →いや、現実から目を背けるのはやめよう  これは悪夢ではないのだ  実際に、この世で起きたことなのだ  それも遠い昔の話ではない  1994年、日本でいえばバブルがはじけたころの話なのだ.. →あまりの悲惨さに、途中で本を閉じてしまう人もたくさんいると思う  ..私も何度、そうしたいと思ったことか..  しかし、できれば最後まで読みきってほしい  そして、最後のページを読み終えた後に  生きるとはなにか、人を許すということはどういうことか  それらのことに1度だけでいい..考えてほしい.. →原題の「LEFT TO TELL」に象徴されるように  「人はそれぞれ、   何かの使命を持って、この世に生まれてきたのかもしれない」  と、深く深く考えさせる1冊だ..
*衝撃でした
雑誌のお勧め本で知りました。ルワンダの大虐殺は以前新聞でちょっと読んだ記憶がありました。でも、正直ここまで残酷なものだとは思いませんでした。そして自分の家族、親戚、知人があまりにも酷い殺され方をしたのに「あなたを許します」という言葉が出たイマキュレーは凄い人です。 読み始めたときはショックを受けましたが、読み終わるとイマキュレーの前向きな性格、純粋な信仰心に救われた気がしました。
*「あなたを許します」
ルワンダ。中央アフリカにある小さな国。 この国で、1994年に民族間対立による大虐殺があったことを、あなたはご存じでしょうか? ぼくは、この本を読むまでは知らなかった。三ヶ月間で百万人もの人が殺された訳だから、当時もニュースとして報道されていたはずなので、正確には憶えていなかった。この本を読むまでは。 著者であるイマキュレーは、大虐殺が行われている100日もの間、知り合いの神父の家の使われていないトイレの中で、7人の女性とともに隠れ、生き延びた人です。 この本は、フツ族とツチ族との間の民族間の憎しみの嵐の中で、自分が愛するツチ族である父親や母親、兄や弟をフツ族の友人知人によって虐殺され、自分たちがトイレに隠れている間にも、何時見つかって殺されるかもしれないという恐怖と闘いながらも無事に生き延びた、という物語だけではありません。 大虐殺が終わった後、自分の家族を惨殺した、今は刑務所に拘留されている相手に会うことになります。そこで彼女は、両親の知り合いだった虐殺者の一人に対して、彼の手に軽く触れながらひと言、静かに言いました。「あなたを許します」 当時彼女は大学生でした。トイレに隠れ住んだ3ヶ月間の間に、彼女は恐怖に駆られ、憎悪という自分の心の中の悪魔の声と闘いながら、深い信仰心によって、「許ししか私には彼に与えるものはないのです」という結論に至ったのです。 この本を読みながら、自分の境遇に感謝し、どんなに家族や友人に恵まれているかを実感しました。そして、もし自分がイマキュレーだったら、自分の家族を殺した相手を果たして許せるだろうかと自分に問い続けていました。 彼女は熱心なカトリック教徒ですが、宗教心ということでなく、人の心の持つ素晴らしさを、この本から、あなたにも感じてもらえればと思います。
*知ってよかった
ニュースによってルワンダの大量虐殺は知っていたが、本書は一女性の体験からより具体的に悲劇を伝えてくれた。殺し合った人々は単なる数字ではない。一人一人に大切な家族や友人がいたこと、内乱の直前までは仲良く助け合ってきた隣人同士であったことなどが実感できる。虐殺の間教会に隠れていたイマキュレーさんたちの壮絶な日々、よく生き延びてこの記録を残してくださったと感謝したい。
許すということ…
まず、こんな悲惨な事が起きていたのに他の国では何していたんだと怒りを感じますが、どんなに怒っても泣いても沢山の失われた命はもどらない。だからイマキュレーさんは生きている人を「許す」事にした。自分を殺そうとした人、しかも自分の家族や親しい人の命を奪った人をだ。私が彼女の立場だったらできるだろうか。ちょっとしたことでいつまでも根にもち、自分にも非があるにも関わらず相手のせいにしている私にできるだろうか…。できる人間になりたい
きよしこ (文庫) 重松 清 (著)

*きよしこがぼくの前にあれわれる。
7つの短編の物語がつながっていて、きよし少年が、吃音と向き合いながら成長していく作品。 小学校時代に転校が多かった少年の心理と、はじめて挨拶するドキドキ感をうまくかけている。 特に「ゲルマ」は非常に哀愁漂ういい作品だ。 まさに重松清色が濃く表現されている一冊だと思う。
*きよし少年の気持ちがカーンと胸に響いて、しんみりとしてしまう連作短編集
言葉の最初の音がつっかえてしまう、吃音(きつおん)症の少年のきよし。きよし少年は、父親の仕事の都合で、小学生の頃から何度も転校を繰り返しています。せっかく友達ができたと思ったら転校。自己紹介で失敗したけど、ようやく周りと馴染めたかなと思ったら、また転校。それにしても、言葉がつっかえてしまうこの吃音、なんとかならんのか。 そんなきよし少年の小学一年生から高校三年生までの思い出の出来事が、アルバムの中の写真を見るような感じで描かれていきます。「きよしこ」「乗り換え案内」「どんぐりのココロ」「北風ぴゅう太」「ゲルマ」「交差点」「東京」の七つの話。さびしかったり、いらついたりする少年の気持ちがカーンと胸に響くみたいな、しんみりとしてしまう話の味わい。涙腺にじわじわーっとくる話が多かったですね。 それと、それだけ取り出してみればなんてことなくても、その話では不思議にあたたかな光を放っている描写がとても上手いなあと思いました。母親が、フライパンの中の卵を菜箸で手早くかき回すところ。机の上に、飴色に透き通った蝉の抜け殻が置いてあるところ。両手を広げて走る少年のほっぺたに、冷たいしずくが飛んできて触れるところ。そういう文章の味わいが実にいいんだなあ。あたたかいんだなあ。 それと、話の最初に置かれた木内達朗の挿絵がいいですね。話にすっと入っていける挿絵であり、話にぴったりの挿絵に◎を。
*ほのぼの、ホロリ。
どもってしまう少年の気持ち、置かれる立場など 重松さんご自身の経験から実にわかりやすく表現されており、 何度も読みたい作品です。
*主人公がいいやつだ。
吃音に悩んだ作者自身の少年時代をモチーフにした,7つの連作短編集。ほかの重松短編と異なり主人公が変わらないので,長編のように違和感無く読めます。 ハンディキャップのある主人公のお話にもかかわらず,物語が重くない。それが,吃音の克服自体よりも,転校を繰り返した小学校時代に味わった疎外感と,野球に打ち込んだ中学時代の交友関係が生々しく描かれているからでしょう。 とにかく主人公“白石きよし”がいいヤツだ。自分のハンデに負けてない。特に「交差点」は,それまで描かれてきた過去がリンクした,いい話に仕上がってます。 巻末のあさのあつこ氏の解説には,ホント同意します。
*流したことのない涙
大人になった今でも言いたい事が言えず悔しくて悲しい思いをする。それでまただめだって思うの…だめになんかなってない。いつか手をつなぎたいと思う人が手をつなぎ返してくれる人が現れるって言葉に胸が打たれた。キャンディポットのあたりから最後の章には涙がでた。温かい優しい感じで励まされるような…。淡々と吃音の少年が大人へと成長していく話。それだけなのに淡くて切ないそして胸にぐっとくる言葉が詰まった本。素敵なお話だと思う。きよしこはきよし自身だったのかもしれない…
*思い出した。
小学校の時に吃音の矯正の為、毎週2回ほど聾唖学校に通う友人がいました。 ずいぶん前のことなのですが差別とも同情とも言える複雑な気持ちが、 自分にもまわりにもありました。彼が普通授業で、例えば音読をするときなどには 教室が凍り付いた様になったのを記憶しています。この感じ、気持ちは 吃音ではない者からの感情や意識の代表形ではないかと思いますが、 この「きよしこ」は吃音を持つ方自身の感情やアクションや、そしてリアクション の代表類形なのだろうななどと今更ながらに思い出した、というより思い起こした様な気がしました。 重松さんの本は読後の静かな清澄感が好きですが、私はこの「きよしこ」読後感が一番好きです。
8p
ノーフォールト (単行本) 岡井 崇 (著)

全ての人に読んでもらいたい1冊
著者は無過失保障制度の実現に向け尽力されていると聞く。小説にも登場する胎児心拍モニターの研究でも中心的役割を担っているそうだ。その手による小説は圧倒的な説得力を持って読者を産科医療の中にグイグイと引き込んでいく。臨場感などという類の表現では収まらない迫力である。ドキュメントに近い作品だと思うが,視点に偏りがなく,患者や医師,弁護士などに十分な個性を持たせている表現力は素晴らしい。医者にも様々な人種がいると思うが,産科は本当に特殊である。よく考えれば情熱の無いまたは計算高い人間はめったに選ばない職種であろう。主人公のような人間的で情熱的な医者であるほど,現代の医療社会ではバーンアウトしてくという構図も伝わってくる。ここに登場する医師像は決して作り物ではなく,現実の産科医像なのであろう。頭が下がる思いで読み終えた。  そして母体死亡...遺族も医師もスタッフも,当事者たちは悲しみ,絶望する。過失と呼べない小さな「間違い」をいくら探しても現実は変えられない。裁判の勝敗によるペナルティの無い弁護士たちは「悲しい出来事」を「事件」にすり替える。当事者では無いので悲しみは存在しない。痛みもわからない。当事者それぞれの傷をえぐり,医療の崩壊を助長する。この状況は変えられないのであろうか。無過失保障制度の実現を望まずにはいられない。  最後の主人公へ宛てた手紙は,読み終えた翌日にもう一度読まれることをお勧めしたい。本編の余韻を味わう時間帯に読むにはいささか難しいか。
  岡井先生の次作も大いに読みたいと思いました。
私は産科の現場を離れた医師です。 分娩や手術の現場にいる人間に出来ることは、その瞬間瞬間に考えられる中で「最善を尽くす」事しかありません。いわば冬山の絶壁、ブリザードの中ではいつくばって自分の五感のみをたよりに進むようなものです。悪意のない限り医療過誤の訴訟で原告が勝訴する確率はあまり高くありません。しかし悲しみにうち沈む遺族に対して何らかの補償は必要で、これがわが国では医師の責任追及という形でしか出来ないことが最大の問題なのです。筆者の岡井先生は昭和大学医学部産婦人科の現役教授で、超多忙の中でお書きになったことは驚異的ですが、現在の医療をめぐる情勢が、それほどひどい、危機的状況であるということを憂慮されたことがひしひしと感じられます。医療における無過失保障制度を一刻も早く実現させることを世間に知らせるには最もよい方法で、すばらしい才能に驚きました。
現場ならではの迫力
手術のシーン、治療方法を討論するシーン、裁判のシーン…実際に経験している現役の医師ならではの臨場感に圧倒されました。特に、メスを持つ手の感触までが伝わってくるような手術シーンは圧巻。そして心に残るのは、過酷な勤務、プレッシャーに苦しむ医師の姿。金持ちでベンツに乗っているみたいな医師のイメージが、いかにイージーなものだったか、思い知らされました。タイトルにも使われている無過失補償制度の早期実現を願います。 プレパパの感想
妊娠中の妻が通院中のクリニックで主治医に勧められて妊婦健診の帰り道、駅前の書店で購入したそうです。 題名の「ノーフォールト」って何? 読む本も無かったので、寝しなにパラパラとページをめくってみました。 導入部から難しい医学用語が出てきて多少めげそうになりましたが、緊急手術が開始されるころから次々と起こる緊迫した状況に次第に引き込まれていきました。 正直お産って無事に産まれて当たり前と思っていましたが、出血何リットルという壮絶な描写に妻の出産が少々怖くなりました。 今はただ、この小説の主人公のように懸命に治療にあたってくれるお医者さんにあたることを願うだけです。 でも、もし自分の妻やまだ見ぬ子供がお産がきっかけで命を落としてしまったら・・・ 納得できないし、恐らく主治医の先生を憎むと思います。 治療に全力をつくす医師とクライアントのためにあらゆる法廷戦術を駆使する弁護士 少なくとも自分が同じ立場になったら、妻の死に関してこんな駆け引きはして欲しくはないと思いますが、こればかりはその場にならないと分かりません。 睡眠薬代わりに読み始めましたが、気がついたら午前3時過ぎまで夢中になって読んでしまいました。 この本は自分も含め、これからお産を控えている未来のお父さん方が読むべき本かもしれないと思いました。
勇気堂々 (文庫) 城山三郎 (著)
近代日本最大の経済人渋沢栄一のダイナミックな人間形成の劇を、幕末維新の激動の中に描く雄大な伝記文学。武州血洗島の一農夫に生れた栄一は、尊王攘夷の運動に身を投じて異人居留地の横浜焼打ちを企てるが、中止に終った後、思いがけない機縁から、打倒の相手であった一橋家につかえ、一橋慶喜の弟の随員としてフランスに行き、その地で大政奉還を迎えることになる。
渋沢栄一伝
日本のためにやらねばならぬ。その一念で片田舎から飛び出した渋沢栄一は徳川慶喜に仕えフランス留学、そして政府高官、銀行頭取へと立場を変えつつ日本のために懸命に働く。 何の資本も持たず、藩の援護もなく、その志だけをもって生きた渋沢栄一。一人の人間の意志の力とはかくも偉大なものかと驚嘆する。
圧巻でした!
とても面白く読ませていただきました。作者は異なりますが、「竜馬が行く」や「坂の上の雲」よりもよかったのではないでしょうか。その理由はテンポのよさかもしれません。 渋沢栄一がどのようにして日本の資本主義を成り立たせていったのか、またその成功の秘訣は何なのか、ビジネスにも役に立つ内容盛りだくさんです。
志を遂げること
渋沢栄一の伝記です。
 幕末の志士が志を立て、散っていった中  その志を遂げていった人物として尊敬しています。  ただ、真っ直ぐに死に急ぐ「志士」への憧れから、  この人のように、  その時々によって「変節」しているかのように見えても、  志を遂げていくことが大事かな?  と最近では考えるようになって来ました。  精神だけではダメで、実が伴わなければうそだと考えていた  渋沢栄一の  この効果の吟味を忘れぬ態度こそが、「老練」である。  「大いに老練用ゆるところこれある人物」  いつも、方法を、効果を問題にして生きていくことが  老練であり、  志を遂げるために必要なことなのでしょうね。
渋沢入門書
前半は志士としての渋沢栄一を、後半は実業家としての彼を紹介しています。おもしろいのは主に前半で、一個の維新小説として成り立っていますが、後半はテンポが落ち、彼のエピソードを時代順に羅列している印象です。 渋沢栄一の功績は大きくすべてを記すことは難しいですが、出発点としては、最適の書であり、大変おもしろい小説です。
勇気堂々
一農民の出身でありながら明治の元勲と肩を並べ派閥に属さず、近代日本の民業に力を入れ、日本の経済を発展させた、渋沢栄一の伝記小説です。 誰もが知っている三井や三菱、第一銀行などが出てきて、今の企業の成り立ちがわかり驚きがあります。渋沢栄一が窮地に立たされた時、常に最良の道を選択し、貢献できる道を選ぶところなど現代に生きるわたしたちにも学ぶべきところがあります。渋沢栄一が大事業を成しとげたのも、明治維新で命を捨すてるような経験をいくつもし、人間としての器と胆力が強くなったからだと思う。彼を取り巻く人間関係も知っている名前がたくさんでてきて、一癖も二癖もある人達が己の思惑で激突するところなど面白い。
一瞬の風になれ 第二部 (単行本) 佐藤 多佳子 (著)

冬のオフシーズンを経て、高校2年生に進級した新二。冬場のフォーム作りが実を結び、スピードは着実に伸びている。天才肌の連も、合宿所から逃げ出した1年目と違い、徐々にたくましくなってきた。新入部員も加わり、新たな布陣で、地区、県、南関東大会へと続く総体予選に挑むことになる。 新二や連の専門は、100mや200mのようなショートスプリント。中でも、2人がやりがいを感じているのが4継(400mリレー)だ。部長の守屋を中心に、南関東を目指してバトンワークの練習に取り組む新二たち。部の新記録を打ち立てつつ予選に臨むのだが、そこで思わぬアクシデントが……。 第2部に当たる本書では、人と人の繋がりに重点が置かれている。新二と連の友情、先輩・後輩の信頼関係、新二と谷口若菜の恋愛模様。第1部で個々の人物を丹念に描き、読者に感情移入をうながしているだけに、皆の気持ちが1つになっていく姿は強く胸を打つ。 特に、一人ひとりがバトンをつなげていく4継の描き方が素晴らしい。自分勝手と思えるほどマイペースな連が見せる、4継への、仲間で闘うことへの執着、意気込み。連のまっすぐな言葉に新二たちがはっとする時、その言葉は読み手の心にもストレートに届くのだ。 本書は、起承転結でいうところの、承句と転句。さまざまな事件、障害、葛藤を経て、スピードに乗った物語は、第3部のフィナーレへとなだれ込む。(小尾慶一)
何かに夢中にだった、すべての人へ贈る青春小説
「最高だ」! 直線をかっとんでいく感覚。このスピードの爽快感。身体が飛ぶんだ……。 少しずつ陸上経験値を上げる新二と連。才能の残酷さ、勝負の厳しさに出会いながらも強烈に感じる、走ることの楽しさ。意味なんかない。でも走ることが、単純に、尊いのだ。 「そういうレースがあるよね。きっと誰にも。一生に一回……みたいな」 今年いちばんの陸上青春小説、第2巻!
第一部に引き続き、さわやかな熱さが心地よい。
この第二部では、特に、部活の人間関係を通して主人公が成長していく姿、また、“恋愛未満”とでも言うべき淡い思いが、やや進展しそうな、そうでもないような微妙な展開、さらに、敬愛する兄の身に降りかかる衝撃的な出来事と、盛りだくさんで、読み応えも充分。 主人公が文字通り真っ直ぐに青春を駆け抜けていくさまは、何とも小気味よい。 大人の世代にとっては、「青春」という言葉の持つすがすがしさを追体験できるし、リアルタイムで「青春」を生きる世代にとっては、共感や発見に満ちてもいるだろう。 読み終えるや否や、すぐに第三部を手に取らずにいられなかった。 2007年本屋大賞に輝いただけのことはある。 納得の一冊。
いやぁ、もう、泣いた、泣いた。
一ヶ所じゃないですよ、泣いたの。 一人の少年の成長物語といえばそれなのだが、やはり人は、集団の中で、変化していく。 それは、友人であり、ライバルであり、先生であり、親であり、兄弟である。 近い将来、そのかけがえの無いものの価値を知る時が来る。 もちろんそれは今かもしれないが、もう少し先かもしれない。 誰もが、そのことを知っている。 そこに心動く人が、感動を共有できます!
明るく楽しく爽やかだけじゃないところが、青春ぽくていい。
春野台高校の陸上部で中心的存在になるほど成長する新二。 陸上にも興味を持つ母。 気まぐれでワガママだったのにリレーに賭ける熱さを見せる連。 おっとりしているが陸上への愛情をひたむきに育てている谷口若菜(と、彼女へ 抱く新二の初々しい恋心)。 新しく入ってきた個性的な後輩。 と、陸上中心の新二の高校生活はますます充実していく。 しかし、自慢でありコンプレックスだったエリートJリーガーの兄に試練が。 危うくなる兄弟の関係。ばらばらになりかける家族。 というわけで、陸上に対しての新二のひたむきさや部活のメンバーの個性は ますます増して魅力的な2巻。兄の試練、それに向かい合う新二の苦悩は、 体ひとつで立ち向かうしかないスポーツで生きてゆく厳しさを、スポーツと無縁の 私にも感じさせた。つらかったけど読み応えのある感じは前巻より強かった。 さわやかなスポーツにかける青春の影の部分も感じられて、リアリティが増して。 そしてそういう影があるからこそ、光あふれるグラウンドで走る彼らは まぶしいんだろうな、とも思った。 これを読んだら3巻すぐに読みたくなるので、そちらもポチっと一緒に 買っておくのがお勧めです。

長いお別れ (文庫) レイモンド・チャンドラー (著), 清水 俊二 (著)
名作であることは、疑う余地のないこと。古典と位置づけても異論はない。 何故、これ程までにレイモンド・チャンドラー、フィリップ・マーロウが評価されるのか。 主人公であるフィリップ・マーロウに侍(サムライ)の精神性や人生観を感じました。
秋の夜長のハードボイル再読
「ギムレットには早すぎる」で有名な本書。名台詞があるだけでなく、作品の完成度も優れており、ミステリーの範疇におさまらない、一流の文学作品に仕上がっています。先ほどの台詞は物語の最後の鍵となっているので、未読の皆様はギムレットを飲むときに隣の女の子にそっとささやくだけでなく、出自を確認しておくのは礼儀だと思います。 駄目なテリー・レノックスになぜマーロウはそんなに手をかけるのかよくわからない面が多々ありますが、本書から男の生き様について教わることは多いはずです。男は我慢しなければならない局面がいっぱいあります。自分に好都合のことでも、マーロウは自分の信念に正直なのです。つまり自分の信念が No といったら絶対にそちらを選択しません。本当損な生き方をしているのですが、マーロウは自分を変えません。その生き様に私たちは震えるのです。 今回で3回目の再読。いつも私たちに新しい感動を与えてくれる本書はいつまでも手放せません。だんだん本書のマーロウの年齢に近づいていく私ですが、マーロウの生き様に近づけるのはまだまだのような気がします。いくつになっても本書から教えられることばかりなのでしょう。こんな場合マーロウはどうするのか。こんなことを考えながら、数年後また手にとることでしょう。それにしてもローズのライムジュースで作ったギムレットを飲んでみたい。
蒸し暑さを吹き飛ばす芳香
突然の関西出張で、車中と、待ち時間に読んだ。 京都、大阪の風のない街中で、本書を読み、 一人で飲む酒の味はまた格別だ。 20代で読んだときは、Barで一人で酒を飲むなんて、 全く考えられなかった反面、一緒に酒を飲む友人は何人もいた。 今は酒は一人で飲む。友人は一人もいない。 一人で飲むようになってはじめて、 マーロウやテリーの心情がわかるようになった。 10年前は気づかなかったが、今回気づいたことは、 この名作に、最後のほうで一瞬だけ日本人が登場すること。 50年前の作品だが、全く古さを感じさせない。 チャンドラーの結構は全編にわたって揺ぎ無く、 マーロウのせりふは光を放ち続け、 最後の一行を読み終わった後も、 深い芳香はいつまでも消えることがない。
いつ読んでも楽しめる
たぶん今回3回目くらいになりますが再読してまたしても感銘を受けました.チャンドリアンにはたまらない一冊.ギムレットを飲みたいと思わせてくれた一冊でもあります.日本語で読んで英語で読むとまたさらに味わい深いです.ハードボイルドを文学研究の対象にさせたともいえる大作.
ロサンゼルスの感傷
チャンドラーは短い作家としてのキャリアからしても作品が少ないが、秀作ぞろいだと思う。そして、この”長いお別れ”こそは、最高傑作ではないだろうか。物語の初めの描写から、プロット、主人公マーロウの一人称から描き出されるロサンゼルス、全てが素晴らしい。そして、本当に素晴らしいのはシーン。つくづくチャンドラーは、シーンの作家だと思わされる。 シスコ・マイオラノスが”ギムレットには早すぎるね”と言うシーン、こんなシーンを描ける作家が何人いるだろう? ハードボイルドファンは、その全てのシーン、台詞を覚えていると言っても過言ではないだろう。 次に読むときには、冷えたギムレットにしようか、それともバーボンにしようか。じっくり名作を味わおう。
君と会えたから・・・・ (喜多川 泰著)
将来に対する漠とした不安を抱えながらも、自分のやるべきこともやりたいことも見つけられずに何もせず、無気力に過ごしていた平凡な高校生の僕のもとに、ある夏の日、美しい女の子がやってきた。そして、彼女から、その後の僕の人生を変える教えを聞くことになる。いつしか彼女に恋心を募らせていた彼の前に次第に明らかになっていく彼女の秘密とは……

もし、「明日」が無限にあるわけではないとしても、今と同じような今日を生きますか? 感動のストーリーとともにおくる人生を変える7つの教え。美しくもはかない初恋の物語に託しておくる渾身のメッセージとは?

この本との出会いがきっかけで 私の人生はかなり大きく変わったといっても過言ではありません。 年齢を問わず、絶対に人生のバイブルとなりうる本だと思います。 男性が書いたとは思えないほど、やさしい語調。 それでも、とても説得力のあるものです。 特に、人生これからという中高生には絶対お勧めの一冊です。

この本が自己啓発書というのは、たまたま手に取った人だけが気づくような気がします。 タイトルが、『君と会えたから…』ですから。 まさか、これに、夢実現の方法が書かれてるなんて、普通は思いません。 自己啓発コーナーに置いてあるのに妙なタイトルだなぁ、と普通思います。 この本がおもしろいのは、夢実現のために、夢が叶うこと前提でリストを作るのは普通の本でも書いてます。 も1つ、相手に何を与えたいか?ということのリストを作るというものです。 夢実現のリストは、ちょうだい、ちょうだいのリスト。 しかし、世の中は循環しているから、自分が何を与えるのか?というのが必要になります。 それを気づかせてくれました。

大学生の私にとってはこれからの生き方をすごく考えさせられた本です。今までは毎日が同じことの繰り返しでこれから先何がしたいのか、どうしたらできるのか。悩んでは考えないようにしてバイトや遊び三昧になっていました。ですが、この本を読んですごい勇気をもらい行動する力ももらえました。今は大学卒業後のため毎日がんばっています。この本を読まなくちゃなぁなぁになっていたかもしれません。著者の喜多川泰さんにはとても感謝しています。ありがとうございます。できるだけたくさんの人に読んでもらいたいので友達にも進めています。。

職業柄たくさんの本を読む方だと思うのですが、最近の中でも本当に特別感動しました。 「○○の教え」とか「自己啓発書」なんて本の帯に書いてあると、それをみて敬遠したくなる人も多いのではないかと思うのですが、そんな風に肩肘張って読むものではないと思います。読み始めると普通に途中で止められなくなって一気に読み終えてしまうと思います。ちなみに私は渋滞の車中で読み切っちゃいました(笑)。 読後ものすごいエネルギーが体の中に宿っている感覚を味わいました。 今までこのようなレビューを書いたことはないのですが、なんだか一人でも多くの人にこの感覚を味わってほしくて書いてみました。興味があって迷っているなら私は本当にオススメします。 筆者の喜多川泰さん本当にありがとうございます。 少なくとも1360回はありがとうって言いたい気持ちです(笑)
モモ (ミヒャエル・エンデ著/大島かおり翻訳)
町はずれの円形劇場あとにまよいこんだ不思議な少女モモ。町の人たちはモモに話を聞いてもらうと、幸福な気もちになるのでした。そこへ、「時間どろぼう」の男たちの魔の手が忍び寄ります…。「時間」とは何かを問う、エンデの名作。小学5・6年以上。

ホント!大人こそ読む本!!
自分なんか、40歳目前で初めて読みましたが、久々にハラハラドキドキ、そして、感動!! 子供にだけ読ませるのはもったいない、大傑作です。 スターリン批判で有名なジョージ・オーウェルの「動物農場」も、現代にもそのまま通用する優れた政治批判童話でした。(こちらは感動と言うより”怒り”の書ですが) 良い童話は良い昔話と同じで、時代や国境を超えて通用する、普遍的な価値があるんですね。 残念ながら、自分は時間泥棒のたくらみから抜け出せていませんが、いつかモモのように、星の声が聞けたらなぁ・・・としみじみ思います。

灰色の男
時間を盗む灰色の男たち。忙しい、暇がない。口癖になっていたわたし。 世界中でも日本ほどせわしなく時間が過ぎていく国があるだろうか。エンデのふるさとドイツのバイエルン州ミュンヘンに半年ほど住んでいたことがある。ミュンヘンの時間の進み方は、せいぜい日本の2分の1くらい。一日がゆっくりと流れていくことに感激した思い出があります。最後作者の短いあとがきの列車でのある男との出会い。その男性との会話でこの物語のインスピレーションを得たという。 私も北欧からの旅の帰り、コペンハーゲンから出るミュンヘン行きの寝台列車で、ひげもじゃのドイツ人のおじさんと何時間も語り合ったことを思い出しました。話は人生の「目的、喜び」についてでした。なので、エンデが列車で乗り合わせた一期一会の出会いが非常に偶然のような必然であったように思えます。このモモの表紙、挿絵はエンデ本人の画によるものだそうです。(エンデの父は画家だったとか)時を考える、自分の人生の時間を考える、気づきの哲学書(しかも児童書)感動しました。 読書っていいな。すばらしいな。と思える作品に出会えて幸せでした。

児童文学書ですが、大人でも充分楽しめます。
シュール感たっぷりのファンタジーですが、 物語の最後の一行まで、読者をあきさせません。 映画でみるより本の方をオススメします。 モモの言葉で「食べるものは沢山もらったわ。多すぎるほどね。でも満足した気持ちにはひとつもなれないの」など、現代を風刺した要素があり、内面に深く切り込んだ表現がこの物語にはあふれています。

心を亡くすくらいに忙しい生活を送る現代人に送る一冊
私達は一体どうして毎日こうも忙しいのか。 家族がまだ眠っている早朝に起床し、寝ぼけ眼ですぐに身支度を整えて自宅を出る。途中のコンビニで購入した冷たいオニギリを口に頬張りオフィスに出勤。日中ひたすら電話、メール、お客様との面談の仕事に追われて途中わずかに空いた時間にゆっくりと味わう余裕もなく昼食を口に放り込む(餌を食べさせられているブロイラーのような気持ち)。そして、深夜遅くまで働き心身共に疲れきった状態で帰宅。すでに眠っている家族とコミュニケーションを取ることもなく就寝。 上記のような生活を送る人が自分の暮らしを振り替えるためにも本書を読んでみることをお勧めします。 大切な家族・友人と話し合う時間、ゆっくりと味わう食事の時間、素敵な音楽や物語を鑑賞する時間、夢を見るための十分な睡眠。そういった「無駄な時間」を節約して、忙しい生活を送って私達は何がしたいのか。 「忙しくてそんなことを考えている暇がない!」という人にこそ読んでもらいたい小説です。本書は子供向けに書かれた小説ですが、本当は忙しい大人に向けて書かれた物語です。心を亡くすくらいに忙しい生活を送る現代人に送る一冊。お勧めです。

「モモ」のところに行ってごらん!
気が付いたら時間がない。歳をとるごとに時間がなんだか子供のときに比べて減ってきたように感じる。不思議だ、一日は同じ24時間のはずなのになんでこうも時がはやく過ぎ去っていくのだろう。きっと時間泥棒の仕業に違いない! 本書は児童文学ですが、時間の重要さに気が付き、慌てふためいて色々な手帳に書き込んで時間をなんとか確保しようと躍起になるが、その実は全く「ゆとりのない」大人にこそふさわしい作品であると思います。 読めば何で時間がなくなってしまったか(そう感じるのか)が、「モモ」に教えてもらえると思います。子供のときに読んで今は大人になった人も「モモ」に再び会うことによってきっと大切なことを想い出すでしょう。 さあ、「モモのところに行ってごらん!」
8p
日の名残り
品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。
イシグロの長編第三作
日系英国人作家、カズオ・イシグロの長編第三作である。 イシグロは本作でブッカー賞を受賞、大家の仲間入りを果たした。 本人も認めているが、『遠い山なみの光』 『浮世の画家』と同じトーンで貫かれており、 本作は初期作品の完成形と言えるだろう。 本作では前作『浮世の画家』にも増して語り手の 「回想」の隠蔽・改竄が周到に行われており、 事実関係がどうだったのかますますわからなくなっている。 そこから浮かび上がるものは、 生身であることを放棄した執事の姿と 内面に巣食う巨大化した欺瞞の精神であり そのグロテスクなまでの二面性に、私たちは 人間の素晴らしさと恐ろしさを同時に見ることになろう。 ラスト、欺瞞に満ちた生涯ながら、 それでも人生を肯定しようとする想いに 心動かされない読者はいないだろう。
翻訳がまた素晴らしい 
,  同名の映画を見て、その感動に導かれるままに原作を手にしました。執事のスティーブンスがイギリス西部地方を旅し、美しい景色を眺めながら語るこの物語の、その美しさ、深さ、そして率直さにうたれました。  なぜこの作品はこれほどまでの端正さをもっているのでしょう。スティーブンスが追い求めて止まなかった品格ある執事像、実らなかった恋、お屋敷で繰り広げられる人間模様、そして第2次大戦直前のイギリスやドイツを取り巻く情勢など、驚くほどの多様な要素を取り入れた作品でありながら、まるで呼吸をするような自然なペ―スで読み進むことができました。美しい丘を散歩し終わって振り向くと、意外なほどの傾斜や、道のりがあったのを見つけたような気持ちです。  スティーブンスがミス・ケントンとの再会を果たし、お屋敷に戻る最期の数ページを読んだときの感動は忘れられません。その悲しさと渾然一体となったユーモアをこれからも折りにふれて思い出すことでしょう。
現代の古典
現代英文学の名著である。哀愁漂う雰囲気とどことない滑稽さが巧みに融合し、独特のイメージを構築している。主人公の視点を通して語られる登場人物の巧妙かつ精緻な心理描写は、雄弁だが同時に心の琴線に触れるものがある。そして、そのような描写を可能ならしめているのが筆舌に尽くし難き文体の華麗さである。美文調の多いカズオ・イシグロの作品の中でも、本作は一際文体の絢爛さが際立っており、一般的な英語学習者が典型的に躓く類の、変則的でありながらしかし伝統の重みを感じさせる構文を畳み掛けるように次から次へと用いて読者を魅了する。英語を文学的に味わいたい人にとってはこれ以上ないマテリアルとなろう。  
普及版 モリー先生との火曜日
スポーツコラムニストとして活躍するミッチ・アルボムは、偶然テレビで大学時代の恩師の姿を見かける。モリー先生は、難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)に侵されていた。16年ぶりの再会。モリーは幸せそうだった。動かなくなった体で人とふれあうことを楽しんでいる。「憐れむより、君が抱えている問題を話してくれないか」モリーは、ミッチに毎週火曜日をくれた。死の床で行われる授業に教科書はない。テーマは「人生の意味」について。
人生の意味をもう一度確認したいときに、ぜひ!
実話だからすごい。 優しい口調ながらも核心をついたモリー先生の名言の数々が心を撃ち抜きます。 「人生で一番大切なことは、愛をどうやって外に出すか、 どうやって中に受け入れるか、その方法を学ぶことだよ。」 一生懸命生きている人間にとって、歳を負うごと・社会生活が長くなるほど 悩みは複雑化し、理解してくれる友人が少なくなっていく・・と感じるもの。 そんな孤独な道をがんばって歩いている方にこそ、ぜひ読んでももらいたい! 何のために生まれてきたのか。何をするために生きているのか。 そのヒントが随所に織り込まれています。 知っていたつもりですっかり忘れていたこと、いつのまにか遠い昔に置き去りにしてきたもの、 人生の意味って、こんなにもシンプルなことだった・・・とあらためて気付かされます。 心の指標軸がもう一度確認できる心強い作品。 中学生・高校生の課題図書としてもおすすめ。 自分が「人生」をどう捉えようとしているのか・・・かなり充実した感想文が書けること請合いの一冊です。
誰でも死ぬことはわかっている
「誰でもいずれ死ぬことはわかっているのに、誰もそれを信じない。信じているなら、ちがうやり方をするはずだ」(85頁より)とモリーは話す。わかるということと、信じるということの差はどれほど大きいことだろう。その差は、人間の悲しさを知るだけの体験があったかどうかで生まれる。そして、病気に直面した誰でもがモリーのようには語れないことを思えば、モリーがいかにその体験を自力で乗り越えようと「考えてきた」人間であったのかが心に迫ってくる。 訳者あとがきで、曾野綾子さんの言葉が引用されているー「愛を発生させるのは、人間の悲しさを知ることだ。そのような人間が作る仕組みのもろさと悲しさを骨身に染みて知ることである」と。本書にはモリーの愛が溢れ出ている。
カタルシスを手元に。
教え子に語るモリー先生。講義を受ける著者の脇に座って、自分もモリー先生の講義を受けていくような感覚を持ちました。 ページをめくるごとに、自分の価値観が圧倒されました。 そして、今まで誰に尋ねても納得の行く答えをもらえなかったり、もしくは気恥ずかしくて質問することさえできなかったりしたいくつかの質問に、答えをもらえたように思います。 こんなにじわじわと、一節一節を思い出すだけでしみじみと泣けてくる本を普及版にしてくれるところに、出版社の良心を感じます。 その「一節」は、この本を手元に置かれるすべての人の心の中に生まれることでしょう。
研修医純情物語
前向きになれました。 こんな私でも、自信を持っていいんだなと思いました。今までたどってきた道は一人ひとり異なるものです。個性です。自分というものを直視し、自分なりに納得いくまで努力しようと思えました。著者が提案する、「なんでもバリバリ、エリート・コース」「バイトも行けます、お徳用コース」「病棟専門、ゆとりのコース」、何度読んでも笑えます。

大切なこと 同じ医療従事者として、初心を思い出させてくれました。医療従事者でなくても、医療を身近に感じて楽しく読める一冊だと思います。誰のための医療なのか?患者中心の医療でないといけないし患者もまた医師にお任せではいけない。お互いが、心通える関係がいかに大切かわかりました。自分のやりたいことに出会うのに長い時間がかかっても、人生において無駄なことは、何ひとつない。遠回りしても今の自分にはそれらは必要なことだったからだ。今の自分が自分らしくあるために。いろんな人との出会い、多くの経験が心を豊にしてくれる。それは誰にも言えることだ。このようなヒューマニティーあふれる医師が増えて欲しいし、私自身もそうでありたいと痛切に思いました。

「たったひとつのこと」 読書家、医療従事者、多くの方がこの本を読まれただろうが、特に病気で大学病院に入院した事のある人は、こんな医師が居ても良いと実感するのでは。 本当にご本人が書いたものなのか?と思えるような本が多い中、訥々と分かり易い文章で中学生からお年寄りまで読める本というのは嬉しい。 著者の生き方は宙ぶらりんかもしれないが、言っている事は子供にでも理解できることだ。 固定観念に縛られた大人よりもむしろ若年層の人たちの心に、すんなり入り込むストーリーではないか。 著者が言いたいのは、病院批判などではなく「たったひとつのこと」なのではなかろうか。
聖(さとし)の青春
この本を読めたことに感謝したい 「村山君、さっき亡くなりました」この言葉を聞いたとき、私は涙が止まらなくなった。 村山聖という名前は小学生の時、新聞で目にした記憶がある。若くして亡くなったことも知っていた。その頃は普通の将棋のプロ棋士だと思っていて、なぜこんなに若いのに死んだんだろう、ぐらいにしか思っていなかった。それから将棋を指すようになって棋書を買っていくうちにレビューで評価の高かった「聖の青春」と出会った。 序盤、聖の子供時代から始まり既に涙なしでは読むことが出来なくなっていた。聖の母であるトミコ、師匠である森信雄六段との生活や、奨励会・棋士仲間との交流の様子など、読んでいくうちに村山聖の魅力にどんどん引き込まれていった。将棋界で怪童・天才と呼ばれた聖のすごさも知ることが出来た。その中でも生と死が隣り合わせの中でも必死に将棋を指している姿・最期まで名人を志していた姿は深く心に焼き付いた。そして聖が亡くなったと分かってからエピローグにかけてはずっと涙が止まらなかった。 最後に「聖の青春」を読むことが出来たこと、村山聖という人間を知ることが出来たことに感謝したい。

時間 何か、重要で、緊張する場面・・・そう、私の場合はテストでした